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さばかんとアラクネー



 さばかんに向かって走るエルヴィオラに、アラクネーの太い足が振り下ろされる。


「光の精霊オリアムント、光の槍にて邪を払え!」


 エルヴィオラの得意とする光魔法は、傷を治す回復魔法や毒の浄化や守護が主である。

 けれど、攻撃魔法も数は少ないが含まれている。


 魔法とは、体に流れる魔力を媒介にして、精霊界にいると言われている精霊たちに力を借りるものだ。

 生まれながらの適正があり、そもそも魔力がなければ使うことができない。

 

 魔力を込めた魔石を媒介とすれば魔力がなくても使える。

 これを変化させたのが、魔道具と呼ばれるものだ。


 エルヴィオラの詠唱により、空気が震えて光の槍が現れる。

 それはアラクネーの太い足を貫いて、大蜘蛛をはりついていた天井からずしんと地面に落とした。


 その間にエルヴィオラはさばかんを拾い上げる。

 柔らかい体を抱きしめて、アラクネーから離れるために駆けだした。


 腕の中のさばかんは、まだあたたかく、呼吸をしていた。

 腕に規則正しい鼓動の音がどくんどくんと伝わってくる。

 衰弱はしているが、眠っているだけだ。


「よくやった、エル!」


 槍を持ち、レヴィアスがエルヴィオラとすれ違うようにして駆けて行く。

 草原で微睡んでいた獅子が、獲物を狩るために目覚めたように、その瞳は暗い洞窟の中で爛々と輝いていた。


「まだ、やれます!」

「あとはいい。浄化の守護膜が消えないように、魔力を温存してろ。ここで二人とも眠ったら、笑い話にもならん」


 光の槍により足の一本を失ったアラクネーは、怒りにいくつも連なっている目を赤く光らせながら、がさがさとレヴィアスに向かい突進をしてくる。

 洞窟が揺れて、ぱらぱらと天井から石が落ちる。

 大きな牙のある口があんぐりと開いて、レヴィアスを食い殺そうと、巨体を跳ねあがらせて飛びついた。


「眠りの神経毒さえ対策できていれば、アラクネーなどはただの蜘蛛だ。消えろ」


 レヴィアスは構えた槍を、大きく開かれた口の中へと突き刺した。

 槍の先端がアラクネーの喉へと突き刺さる。

 そのままレヴィアスは、槍を横に凪いだ。

 突き刺さった槍の先端が、アラクネーの体を真っ二つに引き裂いた。


「ギュアアアルルルル!」


 断末魔の声をあげながら、アラクネーはじたじたと暴れ回る。

 レヴィアスは槍を構え治して、軽々と跳躍すると、その不気味な色合いの胴体を突き刺した。


 アラクネーの体は、ずしんと地面に沈み込む。

 しばらくじたじたと足を動かしていたが、足を縮めて動かなくなった。


 その目からは光が消えていて、完全に沈黙していた。


「すごい、強い……」


 それは、強いだろうとは思っていた。

 なんせシーサーペントを討伐できるぐらいなのである。

 けれど、考えているのと実際目にするのとではまるで違う。


 槍一本で、まるで小さな虫でも相手にしているように簡単にアラクネーを倒したレヴィアスを、エルヴィオラはしばらく唖然と見つめた。


「エル。終わった」

「は、はい……! ……その魂が、女神アミーテ様の元にのぼりますよう」

「女神教信者か?」

「そういうわけでもないのですが、お祈りは、習慣です」


 エルヴィオラは、アラクネーの亡骸に祈る。

 それからすっと息を吸い込んだ。

 アラクネーが倒されたことで、洞窟内の靄はかなり減っている。

 だが、まだ洞窟中に睡眠毒が蔓延している。全て消えるまではしばらくかかるはずだ。


 エルヴィオラは両手の中にいるさばかんをぎゅっと抱きしめた。


「無事でよかった」

「猫は生きてるのか?」

「はい。大丈夫そうです。……レヴィアスさん、すごいですね。すごく、強い」

「そうでもないさ。……疲れたな」


 あふ、と、欠伸をして、レヴィアスは眠そうにしながら、エルヴィオラの頭に自分の顎を置いた。

 突然の重みにふらついて、転びそうになりながら、エルヴィオラはなんとか踏みとどまる。


「もしかしたら、他にも逃げ遅れた方々がいるかもしれません。炭鉱内の浄化を行いますね」

「そんなことができるのか?」

「はい。毒ガスがどこかから噴出し続けているのだとしたら難しいのですが、原因の討伐が終わったので、大丈夫です」


 エルヴィオラは両手を胸の前であわせた。

 

「光の精霊オリアムント、その聖なる光にて穢れを浄化せよ」


 エルヴィオラを中心として、光があふれてひろがり、雨の雫のように光の粒子が広い炭鉱内にきらきらと落ちた。

 レヴィアスは片手を広げてその光を手のひらに受ける。

 それから視線を巡らせて、洞窟の奥に倒れている炭鉱夫たちに気づいた。


 ◆


「さばかんちゃん!」


 デボラの元にさばかんを届けると、デボラは泣きながらさばかんを抱きしめた。


「どこにいたの!? 心配していたのよ!」

「なーう」


 さばかんは尻尾をぱたぱた揺らしながら、甘えたような声をあげる。

 

「こんなに細くなって。ご飯を食べられるかしら? やわらかいごはんにしましょうね、ミルク粥がいいわね。かつおぶしも入れましょう」


 慌ただしくさばかんにご飯を用意するデボラを、エルヴィオラはにこにこしながら見守った。

 あれから――エルヴィオラは、炭鉱夫たちの無事を確認した。

 皆、衰弱はしているが怪我はないようだった。

 炭鉱夫たちを全員助け出すことは、エルヴィオラたちにはできなかった。

 体格のいい男が五、六人倒れているのだ。

 レヴィアスは運び出すのを嫌がったし、エルヴィオラには担げない。


 それなので、先にジェレイズの元に行き、ことのあらましを報告した。

 ジェレイズが王都の警備隊や炭鉱協会に連絡をして、救援隊を手配してくれることになり、エルヴィオラとレヴィアスは、デボラの元にさばかんを届けたというわけである。


 さばかんは、デボラの用意したご飯を美味しそうに食べている。

 

「よかった、元気そうで。炭鉱にいたんです、さばかんちゃん」

「毒ガスが発生したと聞いたわ。夫が亡くなったあとに、閉鎖されたのよね?」

「ええ。毒ガスというか、睡眠ガスですね。魔物の仕業でした」

「そんな危険な場所に、さばかんちゃんを助けにいってくれたの!?」


 デボラはひしっと、エルヴィオラの両手を掴んだ。

 それから、心配そうにその顔を覗き込む。


「こんなに若いお嬢さんを危険な場所に行かせてしまうなんて、ごめんなさい」

「大丈夫ですよ、頼りになる先輩も一緒ですから」

「確かに、彼は強そうだけれど……」

「それよりも、無事に見つかってよかったです。賢い子ですね。帰りの遅いデボラさんを、炭鉱に探しに行ったのだと思います。それで、睡眠ガスで眠ってしまったのです」


 エルヴィオラの話を聞いて、デボラは涙ぐんだ。

 

「さばかんちゃんは、夫が拾ってきたの。炭鉱の奥で、生まれた子猫でね。親猫も、他の子猫たちも、死んでしまったそうよ。さばかんちゃんだけが生きていて、猫なんて飼ったことのない夫が、一生懸命育てたの」

「そうなのですね……」

「えぇ。きっと、さばかんちゃんは炭鉱にひとりぼっちで、怖かったでしょうね。また一人になるのが、怖かったのね。だから、私を……怖い思い出しかない場所に、探しにいってくれたのね」

「デボラさんたちに拾われて、さばかんちゃんは幸せですね」

「ありがとう、エルヴィオラさん。これ、少ないけれどお礼よ。危ない目にあわせてしまったから、多く支払うわ」


 エルヴィオラはその申し出を、丁重に断った。

 値切ってはいけないとは、レヴィアスに言われた。

 感謝の気持ちがあっても、報酬の上乗せをしてもらうのも、あまりよくはないだろう。

 それに、デボラからお金をたくさんもらいたいとは思えなかった。


「では、ありがとうございました。またなにか入り用の時は、ご依頼をよろしくおねがいします」

「ええ。ありがとう、エルヴィオラさん。それから、レヴィアスさんも」

「どういたしまして、こちらこそ! それでは、失礼しますね!」


 帰ろうとするエルヴィオラの足元に、さばかんが寄ってきて、額をすりつけた。

 ありがとうといってくれている気がして、エルヴィオラは微笑んだ。


 一言も喋らず、話しさえ聞いていないような半分寝ているレヴィアスを引っ張って、大人しく待っているアルゼスの元に向かう。

 少し離れた広場でお座りをしているアルゼスの元には、子供たちが群がっていた。



 


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