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白竜アルゼス



 レヴィアスの吹いた笛の音は、エルヴィオラには聞こえなかった。

 吹いているのに聞こえない。人の耳には聞こえない音というのは存在するものだ。


 ややあって、黒い影がレヴィアスたちを覆い隠した。

 風が巻き上がり、髪や服を、それから公園の木々を揺らす。


 子供たちが呆気に取られた顔で、空を見ている。

 

 空から飛来するのは神々しいまでに美しい白い竜だった。

 細身の体に、大きな翼。長い首に、赤い瞳。滑らかな白い肌は大きな鱗に覆われている。

 長い尻尾の先端や首の周囲には、ふわりとした白い体毛が生えていた。


「竜……!」

「アルゼス」


 レヴィアスが名前を呼ぶと、白い竜はひらりと音もなく公園に降りた。

 その背中には鞍があり、首には竜具の綱が巻かれている。

 アルゼスと呼ばれた白い竜は、赤い瞳でじっとエルヴィオラを見据えた。


「エルヴィオラだ。新しく、傭兵団に入った」

「ギュオ」


 アルゼスは「もっと早く紹介しろ」と言わんばかりの不服そうな鳴き声をあげた。

 子供たちが「竜騎士だ!」「初めて見た!」と、嬉しそうに囃し立てる。

 エルヴィオラはアルゼスのそばに近づいていって、胸に手を当てた。


「初めまして、アルゼスさん。エルヴィオラと申します。レヴィアスさんの後輩になりましたので、よろしくお願いします」

「だそうだ」

「ギューア」


 今度は、「後輩」と、聞こえる。

 エルヴィオラも竜騎士という存在は耳にしたことがあるが、実際に目にしたのは初めてだ。


 魔物の中でも人並みか、それ以上の知能を持つものたちがいる。

 竜種もそのうちの一つで、うまくすれば騎乗用に育てることができるという。

 だが、竜は気難しく凶暴な魔物である。手懐けることは至難の業だ。

 そのため、竜騎士という存在は希少であり、どの国も喉から手が出るほどに欲しがっている。


「レヴィアスさんは竜騎士だったのですね」

「なんだ、思ったよりも驚かないな」

「はい。ほら、シーサーペントを討伐したと聞いていましたから、どうやって海の上の魔物と戦うのだろうって考えていたのですよ。空を飛ぶことができるのなら納得です」

「なるほど。案外考えているんだな、エルヴィオラ」

「はい、色々と考えていますよ」


 アルゼスがエルヴィオラに向かい頭をさげてくれるので、エルヴィオラはその額をよしよしと撫でた。

 ひんやりしていて、硬くてつるりとしている。その顔だけで、エルヴィオラの体と同じぐらいにありそうなほど大きい。


「珍しい。お前が体を撫でさせるなんて」

「ギューイ」

「どうやら、アルゼスはお前が気に入ったようだ。アルゼスは善良な人間を見極めることができるからな。背にも乗せてくれるだろう」

「ありがとうございます、アルゼスさん! レヴィアスさんも。いい人と言ってくれて嬉しいです」


 レヴィアスは子供たちに離れるようにと指示をした。

 吹き飛ばされたくなければ離れろと言うレヴィアスに「黒男爵から逃げろ」と、子供たちがきゃあきゃあ言いながら離れていく。


 レヴィアスはエルヴィオラの体を軽々と持ち上げるようにして、アルゼスの上の鞍に乗せた。

 竜に乗るのははじめてだ。

 エルヴィオラの背後に、レヴィアスも跨る。

 こちらは慣れているのだろう、高い位置にある鞍に、普段の怠惰さからは考えられないぐらいに軽々とした身のこなしで飛び乗った。

 

 綱を持ち、軽くひく。

 エルヴィオラは、アルゼスの首とレヴィアスに挟まれるような位置にいる。鞍には持ち手があり、そこをぎゅっと握った。


 アルゼスは翼を大きく広げる。浮遊感に襲われたのは一瞬で、気づけばアルゼスは浮かび上がり、王都の街が眼下に広がっていた。


「わぁ、すごい」

「楽しいのか」

「はい! 竜に乗ったことはありませんが、とてもいい景色ですね。街があんなに小さいです。あれは、アイビーの神官学校かな。元気にしているといいのですが」


 王都の街でひときわ目立つのは、中心にそびえ立つ城と一つの街のような神官学校である。


「離れてまだ数時間だろう。元気なはずだ」

「それでも心配なのが姉心なのですよ。レヴィアスさん、ありがとうございます。アルゼスさんにのせてくれて」

「お前は、相棒、なんだろう。これから嫌でも、何回も乗るようになる。おそらくは」

「はい、ありがとうございます」


 レヴィアスは口数が少なく、怠惰で無愛想だが、根本的にはとても優しいのだ。

 短い間だがそれが理解できたエルヴィオラは、口元を綻ばせた。


「炭鉱だな。すぐにつく」

「さばかんちゃんを探しに行きましょう、お願いします!」


 レヴィアスの指示のもと、アルゼスは空を駆ける。

 すぐに王都の門より外に出て、森の中を進んだ先にある山の入り口へと降り立った。



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