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エルヴィオラの推測


 エルヴィオラがレヴィアスの元に駆け寄ると、レヴィアスを取り囲んでいた子供たちが「黒男爵、寝てるよ」と教えてくれる。


「黒男爵とはなんでしょうか、皆さん」

「知らないの、お姉さん」

「黒くてデカくて、子供を攫うんだよ」

「そう、黒くて大きくて、子供を攫うんだよ」

「えっ、では、逃げなくてはいけませんよ、皆さん。この方が黒男爵だったら、攫われてしまうのでは」

「やっつけようと思って」

「石を投げようと思って」


 エルヴィオラは子供たちの前にしゃがみ込んだ。

 どうやら黒男爵とは、子供たちの中でまことしやかに囁かれている怪奇の類なのだろう。

 エルヴィオラもアイビーと、怖い話をして楽しんだものである。

 二人でベッドに寝転んで、自分たちの影の形を怪物に見立てて──そのうち怖くなってしまって、そこにすかさず英雄を登場させて怪異を退治させてしまうのはエルヴィオラだった。


 アイビーはまだ小さいのに、「お姉様は怖がりですね」と言って笑っていた。


「この方は黒男爵ではありませんよ。私の先輩の、レヴィアスさんです。傭兵ですよ」

「傭兵」

「黒男爵だと思ったのに」


 がっかりしながら、子供たちが離れていった。

 それぞれの遊びに戻った子供たちを見送って、エルヴィオラは腕を組んで眠っているレヴィアスの服を引っ張った。


「起きてください、レヴィアスさん。さばかんちゃんが見つかりそうです」

「……見つかりそうか?」

「はい。さばかんちゃんは、多分ですけれど、閉鎖された炭鉱に行ったのではないかと思います」

「何故そうなる」


 レヴィアスは薄く瞼を開いた。

 訝しそうに眉を寄せるレヴィアスの隣に、エルヴィオラは座る。

 ずっと猫を探して草むらをかき分けたり、狭い路地に潜り込んだりしていたので、少し休憩をしたかった。

 レヴィアスが手を伸ばして、エルヴィオラの頭についた葉っぱをとって、ぽいっと捨てる。

 小さな青々とした葉は風に乗って、どこかへ飛んでいった。


「さっき、女の子がさばかんちゃんは、外門に向かったと教えてくれました。さばかんちゃんは、デボラさんと亡くなった旦那様に、子供のように可愛がられていたのですよね。旦那様が突然いなくなって、そして、さばかんちゃんがいなくなった日、デボラさんは仕事で帰りが遅くなりました」

「それで?」

「さばかんちゃんは、デボラさんの仕事場を知らないでしょう? デボラさんの話では、炭鉱に捨てられていた子猫を、旦那様が拾って育てたと言う話ですから」

「……だから、炭鉱に?」

「ええ。きっと、探しにいったのです。旦那様がいなくなって、デボラさんまでいなくなったと思ったのではないですか? ですので、知っている場所に……炭鉱に、デボラさんを探しに行ったのではないかなって」


 エルヴィオラの推測に、レヴィアスは皺のよった眉間に指を当てると、はああと肺の空気を全部吐き出すほどに深く長いため息をついた。


「なんの根拠もないだろう」

「でも、そうとしか考えられません。さばかんちゃんは賢い子だって、デボラさんは言っていました。迷子になったりなんかしない、帰らないのはもしかしたら何か事情があるかもしれないって」


 エルヴィオラはデボラとの会話を思い出しながら、レヴィアスに言い募った。

 何か事情があるかも──と口にした時のデボラは、青ざめていた。

 そんなことは言いたくなかったのだろう。

 何かの事情とは、例えば馬車にはねられて死んでしまったとか、誰かが連れ去ってしまったとか。

 どちらにせよ、悪い想像である。


「ともかく、炭鉱に行ってみますね」

「危険なガスが充満して、閉鎖されたんじゃなかったか」

「ええ、そう言っていましたね。大丈夫です、私、光属性の魔法なら得意なので。浄化の守護膜を使えば、海の底でも潜れますし、危険なガスの中でも、おおよそ一時間ぐらいは活動ができます」


 行きと帰りの時間を考えると、さばかんを見つけるまでに、三十分、帰還するまでに三十分といったところである。

 危険なガスの充満する炭鉱の中で、さばかんが無事かどうかはわからない。

 猫は勘が鋭いから、炭鉱の中には入らなかったかもしれない。それでも少しのガスを吸ってしまって、炭鉱の入り口で倒れているかもしれない。

 エルヴィオラが立ち上がると、レヴィアスもゆっくりと後を追うようにして立ち上がった。


「レヴィアスさんは待っていてもいいですよ。さばかんちゃん、炭鉱にいないかもしれませんし」

「炭鉱までの乗合馬車はない。閉鎖されているからな。となると、徒歩での移動になる。到着するのは夕方で、探索するのは夜になる。それは無謀だな」

「でも、もしかしたらさばかんちゃんは、ガスを吸って瀕死かもしれません。今すぐに行ってあげないといけないのです。そんな気がします。ですから」

「わかったよ、エルヴィオラ。……おとなしそうな顔をしているくせに、結構強情だな」

「長女ですので」

「長女、関係があるのか?」

「ないです。でも、なんとなく」


 マリアテレーズとジェレイズに、長女だからしっかりしていると褒められたのが、エルヴィオラは思いのほか嬉しかった。

 どことなく得意げな気持ちになってしまった後で、エルヴィオラはごまかすように照れ笑いを浮かべた。


「……仕方ない。行くか」

「レヴィアスさんも一緒に行くんですか?」

「俺がいたほうが早い」


 なんのことだろうとエルヴィオラは首を傾げる。

 レヴィアスは首からさげている紐を引っ張り、服の下から紐の先端を取り出した。

 紐の先には、ほんの小さな銀色の笛のようなものがついていた。



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