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値切られてはいけない



 エルヴィオラの口を大きな手で塞いだレヴィアスは、愛想がいいわけでもなく悪いわけでもない淡々とした口調で女性に話しかける。


「じゃ、その鯖缶を連れてきたら、二千ゴールドってことで」

「よろしくお願いします」


 深々と頭をさげる女性に頷くと、レヴィアスはエルヴィオラの口を塞ぎながら誘拐犯のように女性の家の前から連行した。

 女性の家が見えなくなる場所までずるずると引きずってくると、ようやくぱっと手を離す。


「れ、レヴィアスさん、何をするのですか……? 酸欠で死ぬかと……!」

「さっき、何を言おうとしていた?」

「あの女性……デボラさん、生活が大変そうでしたので、半額にしましょうかと」

「……お嬢さん。馬鹿か」

「お言葉ですが、猫ちゃんはあの女性にとって旦那様との忘形見のようなものなのです。あの家もきっと、そう。お金に困っていても、あの場所にいたいのです。だから、少しでも安くしてさしあげるべきかと考えたのですが」


 お人好しだと言いたいのだろうか。

 けれど、デボラは困っているのだ。できることなら、力になってあげたい。


「半額にした分、もっとたくさん頑張って働きます。レヴィアスさんの分の謝礼金は、きちんとお支払いしますので」

「そういう問題じゃない。これじゃあ、親戚に財産奪われた挙句搾取されるはずだ」

「それを言われると、心が痛いのですけれど」

「別に、あんたを悪く言ってるわけじゃねぇよ。あんたはあんたなりに頑張ったんだろうしな、妹を抱えて、女一人で」

「ありがとうございます……」


 優しいのだか、厳しいのだかよくわからない。

 レヴィアスは「眠い」「めんどくさい」以外の言葉をあまり発しないのかと思っていた。

 エルヴィオラは彼のことをよく知らないが、レヴィアスの言葉の奥には彼の歩んできた人生が見え隠れしている気がした。


「いいか、お嬢さん。同情するのは構わないが、値切られるな」

「でも」

「傭兵に頼み事をしてくる奴らは、大概が何かの事情を抱えている。毎回同情して、毎回半額にするつもりか?」

「そういうわけでは……」

「噂ってのは、広まるのが早い。たとえばあんたが、常に提示額の半額で引き受ける女だって評判になれば、常に足元を見られることになる。ありもしない悲しい話をでっちあげて、同情を引いて安値で危険な仕事を請け負う羽目になるぞ」

「そんなに、悪い人ばかりではないと思うのですが」


 それは人を疑いすぎというものではないだろうか。

 少なくともあの女性──デボラは、嘘はついていないはずだ。

 レヴィアスは腕を組むと、深いため息をついた。


「そう思うなら思っていればいいが、むやみに値引きをするな。その金額は、あんたや俺への信頼の証だ。その額を払っていいと思っているんだよ、相手は。だったら、その額に見合う働きすればいい」

「……それは、そうかもしれませんね」


 確かにレヴィアスのいうことも一理ある。

 デボラはさばかんのために、二千ゴールド払うと言っているのだから、エルヴィオラの匙加減で値引きをしてはいけないというレヴィアスの主張は納得できるものだった。


「わかりました、レヴィアスさん。以後、気をつけます」

「わかればいい」

「レヴィアスさんは、眠そうでやる気があまりなさそうですけれど、本当はしっかりしている頼り甲斐のある男性なのですね」

「……は?」

「心配してくださってありがとうございます、先輩。ご教授、感謝いたします」


 エルヴィオラは丁寧にお礼を言うと、まずはデボラの家の近辺を探そうと、歩き出した。

 レヴィアスは仕方なさそうに、エルヴィオラから少し遅れて歩き出す。

 背後であくびをしているレヴィアスのことは気にせずに、エルヴィオラは周辺の人々にさばかんを見なかったかと尋ねて回った。


「見なかったね」

「デボラさんちの猫だろう?」

「デボラさんにも聞かれたが、知らないな。旦那さんは亡くなるし、猫までいなくなるなんて、可哀想に」


 家のまえで集まって雑談に花を咲かせているご婦人方に尋ねてみても、知らないという。

 エルヴィオラは家と家の間の路地に入ってみたり、草むらをガサガサかき分けたりしたものの、さばかんはおろか、猫の姿さえない。


「お姉さん、何を探しているの?」

 

 小さな公園と思しき場所の草むらを、頭や服に草をつけながら探っていると、背後から話しかけられる。

 そこには、公園に遊びにきたらしい少女が立っていた。

 少女と共に遊びにきたらしい子供たちが、公園のベンチでぐったりと座っている体の大きな黒衣の男レヴィアスに怯えながら「黒男爵だ」と囁き合っている。

 レヴィアスには多分聞こえているのだろうが、完全に聞こえないふりをしているようだった。


「猫ちゃんを探しているのですよ。さばかんちゃんという名前で、灰色の体に、青の瞳に、ピンクのリボンと鈴をつけているのですけれど」

「猫ちゃんなら、みたよ」

「本当ですか?」

「うん。一週間前、ぐらいかな。夕方、遅い時間。公園で遊んでいたら、お母さんに怒られたからよく覚えてる。猫ちゃん、公園を通り越して、どこかに行ったよ。途中まで追いかけたけど、どこか遠くに行っちゃった」

「どちらの方角に行ったか、覚えていますか?」

「うん。あっち」


 少女は、外に出るための外門のある方角を指差した。

 エルヴィオラは少女に礼を言うと、急いでレヴィアスに駆け寄った。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] > 猫を探すのはエルヴィオラである。それに、二千ゴールドが千ゴールドになったところで、あまり大差はない。 いやいやいや、相棒を引っ張ってきて付き合わせてるのにこの言い草はひどいなぁ。…
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