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猫探し



 エルヴィオラはざっと、依頼に目を走らせた。


(堅実に、簡単な依頼をこなすべきかしら。それともよりお金になるものを……)


 金に目が眩んで高位の依頼を受ければ、おそらくレヴィアスに迷惑をかけることになる。

 エルヴィオラは自分の実力をいまいちよくわかっていない。

 

 魔物退治も、所詮は片田舎で街を守るために時々行っていたぐらいのものだ。

 治療を主にする光魔法には多少の自信はあるが、治癒はできても戦いには向かない。


「やっぱり、金額が高めなのは魔物討伐なのですね」

「そうだね。緊急性のある討伐依頼は危険な魔物が多いから、もっと値段は高くなるよ。シーサーペントの討伐依頼なんかは、海での特殊な戦闘だからかなりいい金額だったね」

「海の魔物と戦うのは大変そうですものね」


 シーサーペントの討伐後だというのに、それを誇りもしないし、話題にさえ出さなかったハルマディルクとレヴィアスは、それだけ戦闘経験が豊富なのだろう。

 彼らにとってはそういった魔物討伐は、日常茶飯事なのかもしれない。


「ええと、では……」


 はじめての依頼である。成功しなくては意味がない。

 レヴィアスに迷惑をかけられないので、一人でできそうな依頼をエルヴィオラは探した。

 そして、一枚の依頼書を指差した。


「こちら、受けさせていただきますね」

「……猫探し?」

「はい。猫探しです」

「ふふ、いいよ。わかった。こういう地味な依頼って、誰もやろうとしなくてね。助かるよ」


 ジェレイズは頷くと、依頼書をファイルから抜き出して、エルヴィオラに渡した。


「まずは、依頼人から話を聞いてね。猫探しなんかの場合は、話をちゃんと聞いた方がいい」

「わかりました、ジェレイズさん。頑張りますね」

「うん、頑張ってね」


 報奨金は少なめだ。猫を見つけて連れ帰ったら、二千ゴールドである。

 それでも、依頼をこなしていけば塵も積もれば山となる。


「レヴィアスさん、行きましょう。猫を探しに行きます」

「……なんだ、そりゃ。面倒なんだが」

「レヴィアスさんは私の傍で寝ていていいですから」


 本気でレヴィアスを運ぶ用の荷台の購入について考えながら、エルヴィオラはレヴィアスを引っ張った。

 押し問答の末にレヴィアスを外に引っ張り出すことに成功する。

 猫背で歩くレヴィアスの手をぐいぐいひきつつ、エルヴィオラは街の人々に道を聞きながら、依頼主の元へと向かった。


 エルヴィオラの背後を怠そうに歩くレヴィアスの姿にみんなギョッとした顔をしていたが、道は親切に教えてくれた。


 傭兵団駐屯所から歩いて一時間ほどの場所に、依頼主の家はあった。

 民家が立ち並ぶ住宅地の一角で、扉をノックしたエルヴィオラを、その中にいたふくよかな女性がにこやかに出迎えてくれた。


「マリアテレーズ傭兵団からきました、エルヴィオラと申します。そしてこちらがレヴィアスさんです。具合が悪いわけではなく、眠いだけなので、気にしないでくださいね」


 レヴィアスはエルヴィオラの肩に手を置いて、体重を預けるようにして今まさに寝ようとしている。

 エルヴィオラは大木のような男にのしかかられながら、できる限り笑顔で女性に挨拶をした。


「それで、猫ちゃんのことを聞かせてくれますか?」


 女性が家の中に通そうとしてくれるのをお断りして、エルヴィオラは尋ねる。 

 話を聞いたらすぐに猫探しに出かけたい。女性にもてなしてもらう時間が惜しかった。


「ええ。さばかんちゃんがいなくなったのは、一週間ぐらい前」

「さばかんちゃん、というのですね」

「さばかんちゃんよ。毛並みは、灰色。目は鯖みたいな青色ね。女の子よ。首に、ピンクのリボンを巻いているわ。鈴がついていて、走ると鳴るの。家に帰ってこなくなったことなんて、一度もなかったのに」


 女性は涙ぐんだ。とても猫を大切にしているようだった。

 エルヴィオラは詳しく話を聞いた。

 さばかんは、事故で亡くなった夫の忘れ形見なのだという。元々は夫の猫だった。年齢は、五歳程度。

 夫は王都から出てまっすぐ北に進んだ場所にある、鉱山で働いていた。

 

 鉱山で事故が起こって、三年前に亡くなった。その時、その鉱山は危険なガスが発生したという理由で、閉鎖しているのだという。


 女性はさばかんを、夫と自分の子供のように思って大切にしていた。

 一週間前、働きに出ている食堂で従業員が一人病気で休み、女性はその分働かなくてはいけなかった。

 だから、帰りが遅れてしまった。

 家に帰ってみると、さばかんはどこにもいない。


 もともと日中は、外で遊んでいる子だったのだという。

 でも、その日は帰らなかった。その日からずっと、帰っていない。


「私も探し回ったのだけれど、見つけられなくて。こんな依頼を受けてくれる人はいないわ。ありがとう、エルヴィオラさん。そして、レヴィアスさん。どうか、お願いね」

「ええ、任せてください」

「お金が少なくてごめんね。この家の家賃もあるし、夫と住んだ場所だから、手放したくなくて。私に払える精一杯の額なの」

「それなら……むぐ」


 それならもっと安くても、と、エルヴィオラは言いそうになった。

 女性の話にすっかり同情してしまっていたのである。

 エルヴィオラがそれを言う前に、レヴィアスに背後から口を塞がれる。


「行くぞ、エルヴィオラ」


 そう言って、レヴィアスはエルヴィオラを女性の前から引き剥がすようにして、依頼主の家を後にした。



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