相棒決定
レヴィアスは指を刺されて名前を呼ばれても、特に反応をせずに眠り続けている。
彼の人となりを知らなければ、もしかして嫌われているのかもしれないと思いそうになるような態度だが、そうではないことをエルヴィオラは知っている。
思えば、出会った時からレヴィアスという男はずっと寝ていたのだ。
温厚そうなハルマディルクに嫌な顔をされるぐらいに、普段から寝てばかりいるのだろう。
「レヴィちゃん、こう見えてすごく強いのよ。頼りになるときは、頼りになると思うの。ただちょっと、ほんのちょっと人生にやる気を出さないだけで……いつも怠そうなのは別に病気とかじゃないわよ。ただやる気がないだけなの。人生に」
「うん。レヴィアスは強いよ、エルちゃん。ハルみたいに異様な世話焼きでもないし、ユーリみたいに気難しくもないし。本当はザイードが適任かなとも思ったんだけど、ほら、エルちゃん長女だから、レヴィアスの駄目な部分をフォローしてくれるかなって思って」
「エルちゃん。レヴィちゃんをお願い」
「よろしくね、エルちゃん」
それはすでに、決定事項らしかった。
そこまで矢継ぎ早に捲し立てると、マリアテレーズとジェレイズは「詳しい仕事の内容はレヴィちゃんに聞いて」「二人で依頼をこなしてね、エルちゃん。大丈夫、どんな依頼でもレヴィアスがいれば安全だよ」と言って、逃げるようにその場から離れていなくなってしまった。
かくして、エルヴィオラの指導係はレヴィアスに決まった。
エルヴィオラは腕と足を組んでぐうぐう眠っているレヴィアスの前に真っ直ぐに向かうと、頭をさげる。
「レヴィアスさん、今日からよろしくお願いします!」
聞こえるように大きな声で言ってみる。
返事はない。寝ているのだ。
「エルヴィオラです。十八歳で、誕生日は六月六日。好きな食べ物はパンの耳を揚げたやつ。特技は畑づくり。あと、たいていの食材を調理することができます。食べられないキノコを見分けるのも得意です。あとは、光魔法が使えて、回復魔法が得意です。他の魔法も少しは使えますので、ご迷惑おかけしないように頑張りますね」
大きな声ではきはきと、エルヴィオラは自己紹介をした。
返事はない。まだ寝ている。
「レヴィアスさん」
遠慮がちに名前を呼んでみる。やはり反応はない。ここまでくると嘘寝なのではと疑いたくなってくるが、本当に寝ているのだ。多分。
「レヴィアスさん、レヴィアスさん。レヴィアスさん!」
いよいよ、どうしようもなくなって、エルヴィオラは意を決してレヴィアスの大きな体を揺さぶりにかかった。
レヴィアスはそれでようやく気づいたように欠伸をしたあとに、眠そうな瞳でエルヴィオラを見上げた。
「なんだ。お嬢ちゃんか」
「はい。エルヴィオラです。マリアさんが、レヴィアスさんと一緒に働くようにと言いました。レヴィアスさんは私の指導者になりましたので、よろしくお願いします」
「あー……指導者、だ? 嫌だよ、面倒臭い」
「面倒臭いかもしれませんが、そうなりましたので。迷惑をおかけしないように頑張りますので、よろしくお願いしますね」
「……エルヴィオラ。俺は極力働きたくねぇなと思っている。そして、お前は金が欲しいわけだな」
「はい」
「俺は別に金に困ってないわけだ」
「はい」
「つまり、俺とお前の相性は、とても悪い」
「こ、困ります! レヴィアスさん、困ります! 今日から依頼を受けて働く気でいるのですから、レヴィアスさんには私と一緒に来てもらわないと……!」
なんとなくは、レヴィアスという男がどんな男か薄々理解していたエルヴィオラである。
爽やかに、「よろしくな、エルヴィオラ。俺が君をしっかり指導してあげよう」などと言われないことぐらいは予想していた。
そして、大方予想通りの反応をしてきたレヴィアスの腕を、エルヴィオラは引っ張った。
椅子から立たせたい。このままだとまた眠ってしまう気がする。
依頼を受ける方法を教えてもらわなくてはいけないのだ。
「ハルか、ユーグリヒトでよかっただろう。エルヴィオラが雇われたのは、回復魔術師の抜けた穴埋めなんだから。なんで俺なんだ」
「それは私が、長女だからだそうですよ」
「意味がわからん」
「私も実はよくわかっていないのですけれど、長女なので、レヴィアスさんと働くことになりました。レヴィアスさんはお金に困っていないのですね。それでしたら、依頼は私が一人でこなして、一人でお金を稼ぎますので、レヴィアスさんは近くで寝ていてください」
「嫌だ」
「そう言わずに。あっ、ご飯などをご馳走します。お礼に!」
「金がねぇんだろ、お前には」
「依頼をせっせとこなして稼ぎますので、大丈夫です」
「……はぁ」
レヴィアスは深い深いため息をついた。
この時のエルヴィオラはまだ知らなかったのだ。金は必要ないなどと言っているレヴィアスの財布が、ほぼ空っぽであることを。
こうして、エルヴィオラの傭兵団での日々ははじまったのである。
やる気のない指導係を押し付けられる、という形で。