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槍をなくす先輩



 巨大なサンドワームの口の中に並ぶ歯の一本よりも、エルヴィオラは小さい。

 ずぞぞぞとこぼれていく砂が波のように押し寄せてくる。

 空を突き刺すように地中からサンドワームは起き出しているのに、その体の半分はまだ砂の中に埋まっているようだった。


 砂埃のせいで視界が悪い。

 それでもその圧倒的すぎる光景に体が震える。

 大きいとは聞いていたが、まさかここまで巨大だとは予想していなかった。


 海の魔物は巨大である。場合によっては、大きな豪華客船を人のみにできるぐらいに大きなものもいる。だが、砂の魔物でここまでの大きさのものと遭遇するのははじめてだ。


 といっても、エルヴィオラは傭兵団に入団してまだ一ヶ月。

 少し前までは伯爵家の令嬢であり、傭兵団の他の傭兵たちとは違い歴戦の猛者などではない。

 サンドワームも図鑑でしか見たことがないのだ。

 それでもこの依頼を受けることができたのは、マリアテレーズが「まぁ、レヴィちゃんがいれば大丈夫でしょ」と適当なことを言いながら適当に了解をしてくれたからである。


 こうなってくると、もしかして働かないレヴィアスを働かせるために、新人の自分が彼の相棒に選ばれたのではと思わなくもない。

 だが、強い男が相棒であれば心強いし、金を稼ぎたいエルヴィオラにとっては願ったり叶ったりだ。


「レヴィアスさん! 寝てる場合じゃないですレヴィアスさん!」


 砂埃に視界を奪われながら、砂の中にズルズル沈みゆくレヴィアスをエルヴィオラは引っ張った。


 ──引っ張ろうとしたが手が届かなかったので、杖の先でレヴィアスのコートにやたらとついているベルトを引っ掛けてずるりと引き上げた。

 レヴィアスには持ち手が多い。いつでも綱をつけて引きずっていけるようにと、マリアテレーズの命令でベルト飾りが多い服を着ているのだ。


「あー……出たのか。めんどくさいな」


 杖の先にマグロのように引っかかった大男が、心底めんどくさそうに言う。


「面倒くさがってる場合じゃないですよ、戦わなくちゃ殺されます! 私はまだ死にたくないので!」


 サンドワーム用のしびれ罠などなんの意味もなさなかった。

 だが、猪肉の血の匂いに呼び寄せられて、獲物である巨大サンドワームが現れた。

 呼び寄せたのはエルヴィオラたちである。任務を遂行するためには、たとえそれがどんな相手であっても倒さなくてはいけない。


「でかいな。逃げるか、エル」


「依頼です、レヴィアスさん! しびれ罠のせいか、サンドワーム怒っていますし、このまま私たちが逃げれば追ってきます。怒り心頭で街を襲うかもしれません。今ここで倒さないといけません」


「ギュオン」


 エルヴィオラとアルゼスに叱られて、レヴィアスは嘆息した。

 半眼で心底めんどくさいというアピールをしながら欠伸をするレヴィアスの体をアルゼスがつついた。


「お前たちはどうしてそう真面目なんだ。仕方ないな」


 ようやく少しやる気を出したらしく、レヴィアスは魔槍に手を伸ばす。

 しかしその手は空を切った。魔槍が砂に飲まれて流されていっている。


「あ」


「あ」


「キュオ」


 二人と一頭の声が揃う。

 サンドワームが大きく、芋虫に似た体を震わせている。

 砂漠に潜って暮らすサンドワームは、瞳も鼻も退化していて存在しない。

 あるのは砂ごと中の生き物を咀嚼し吐き出すための口と排泄器官だけである。


 その体の構造は単純で、大きな筒のようなものだ。 

 サンドワームは巨体を震わせて突進し、凶悪な牙のある口に獲物を飲み込むことができる。

 砂の海を泳ぎ回り、地中から獲物を襲うことができる。


 そしてもう一つ。

 怒りに興奮したサンドワームは、その体に蓄電している電撃を広範囲に放つことがある。

 

「レヴィアスさん、何してるんですか! きますよ、雷です! やっぱりとても怒っています、サンドワーム!」


「あー……」


「あーじゃありませんよ! アルゼスさん、私たちを乗せてください! 雷撃から守ります!」


 てきぱきとエルヴィオラは指示をする。

 アルゼスは二人を背中に乗せると、どんどん体を沈ませていこうとする砂地から大きく舞い上がった。


「堅固なる光の障壁。全てを跳ね返すオリアムントの守護壁よ!」


 エルヴィオラの掲げた杖から光が迸り、蜂の巣に似た六角形の構造をした光の障壁がアルゼスごと二人を包む。


 サンドワームの震える巨体のつるりとした皮膚の上、ところどころにぼこぼこと浮かんでいる瘤状の場所から、雷撃が迸る。

 それは砂漠を包み込むように、格子状に空や地面を舐めるようにして広がった。


 光の守護壁は雷撃を受け止めて、弾き返す。

 エルヴィオラは障壁が破れないように掲げた杖にありったけの魔力を送った。


 エルヴィオラは回復魔法を得意としている。

 魔法は属性ごとに分類されるが、回復魔法は光魔法に位置している。

 つまり、同系統の光魔法である防御魔法も得意である。


 だが、雷の質量が圧倒的で、六角形の硝子のような輝く膜が破られそうになってしまう。

 

「いいぞ、エル、頑張れ」


 ついでに、エルヴィオラの背後で槍を落としたレヴィアスがのんびり応援してくるので、集中力が切れそうになってしまう。


「レヴィアスさん、槍! 槍を!」


「あぁ、そうだった」


 ふと、雷撃が静まった。体内の蓄電が切れたのだろう。サンドワームの雷撃は恐ろしいが、数秒防御ができればそこまで怖いものでもない。怖いのは、防御の準備をせずに直に浴びてしまった時だ。

 まず、命はない。


「イシュケの風よ運べ、どこまでも高く!」


 エルヴィオラは自分と、それから砂漠に向かって杖を伸ばして浮遊魔法をかける。

 エルヴィオラの体が空中にふわりと浮かび、同時に砂漠の中に埋まっていた魔槍が飛び出してきて、ぱすりとレヴィアスの手の中におさまった。



 

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