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お別れの夜



 食事を終えた後も、マリアテレーズやレヴィアスたち男性陣は酒瓶を傾け続けていた。

 シフォニアが「飲み始めると長いし、底なしだから放っておいていいにゃ」と言い、エルヴィオラとアイビーを一階の浴室へと案内する。


「お風呂はここだにゃ。中にあるものは適当に使っていいにゃ。お風呂場は一つだけだから、使用中は扉の前の使用中の札をちゃんとかけるのを忘れないよーに。男どもは忘れることがあるから、入る時は慎重に。あっ、兄のいるときは入ってもいいにゃ。兄の腹筋はなかなか見どころがあるにゃ」


「い、いえ、遠慮しておきます」


 エルヴィオラの住んでいた田舎の街では、今も尚、井戸水を薪で沸かして湯を使う。

 夏場は水浴びですませることも多い。

 けれど王都はほとんどの場所に上水道と下水道が普及している。

 水はコックをひねれば出るし、湯は魔鉱石を使用して沸かされるので、二つあるうちの、赤い方のコックを捻れば出る。


「洗濯は晴れた日に、自分の分は自分でしてるよ。裏庭に物干し場があるから、また明日にでも案内するにゃ。間違っても、レヴィアスさんを手伝おうとかしちゃ駄目。駄目男の世話はしないほうがいいにゃ」


 そんなことを言った後、シフォニアは「じゃ、おやすみ。また明日」と、部屋に戻っていく。

 エルヴィオラはアイビーと共に、入浴を済ませることにした。

 神官学校に明日アイビーを連れていくことになるのだろう。


 だとしたら、最後の夜だ。アイビーを綺麗にしてあげたかった。


 一度二階の部屋に戻り、着替えを準備して一階に降りる。

 もうすっかり日は暮れて、時刻は二十時。アイビーと二人で暮らしていた時には、すでに眠っていた時間だ。

 暗くなると明かりをつけなくてはいけない。

 薪を燃やすのも大変で、オイルランプのオイル代も勿体無い。

 それなので、暗くなったら眠ることは週間になっていた。


 リビングルームはまだ明るい。話し声が、分厚い膜を隔てているように、湖の底から響いているように、密やかに聞こえる。

 内容まではわからない。わざわざお風呂に入ると宣言するのも妙な気がしたので、アイビーを連れてエルヴィオラはささっと入浴を済ませた。


 浴室には白い猫足のバスタブと、シャワーがある。

 シャワーを使うのは初めてだった。アイビーにシャワーから降り注ぐ湯をかけると「これは凄いものですね」と、アイビーは目を輝かせて喜んでいた。


 確かに、あたたかいし、水浴びよりも気持ちがいい。

 おいてあった洗浄剤で髪を洗い体を洗う。アイビーと一緒に風呂に入ることができるのもこれで最後かもしれないと思うと、言いようのない寂しさが胸に込み上げてくる。


 アイビーが生まれてから、エルヴィオラはずっとアイビーの面倒を見ていた。

 アイビーのために、親代わりにならなくてはと必死だった。


 けれど──アイビーに救われていたのは自分だったのかもしれないなと思い知る。

 妹がいたからエルヴィオラは寂しくなかったし、頑張ることができていたのだ。


 今までも、そしてこれからも。

 アイビーのためなら、どんな場所でも頑張って働こうと思える。


 入浴を終えて着替えると、エルヴィオラはアイビーの髪にタオルを巻いた。

 エルヴィオラも髪をふきながら、まだ皆で酒を飲んでいるレヴィアスたちの元へと向かう。


 もう部屋に戻り眠るので、挨拶をしようと考えたのだ。

 アイビーは眠そうに欠伸をしている。


 エルヴィオラたちがリビングに顔を出すと、すぐにハルマディルクが気づいて近づいてくる。


「二人とも、髪が濡れたままだと、風邪をひいてしまうよ。乾かしてあげよう」


「え、あ……はい」


 ハルマディルクが手をかざすと、暖かい風がふいてエルヴィオラとアイビーを包み込んだ。

 濡れた髪がふわりと風をまとい、すぐに乾いた。

 

「わ、すごい」


「本当に、すごいですね。こんな魔法の使い方があるのですね」


「ふふ、コツがあるのだよ。魔法の訓練では習わないような魔法だけれどね。やっぱり私も一緒に住もうかな。私がいないと、エルとアイビーの髪が濡れたままに……」


「拭けばそのうち乾くだろう」


「過保護なんだよね、ハルは」


 ザイードとジェレイズが顔を見合わせる。

 マリアテレーズが「ハル、住んでもいいけど、突然の彼氏面よくないわよ。エルちゃんとは会ったばかりなんでしょ? エルちゃんが怯えて、やっぱり傭兵団から退団しますってなっちゃったらどうするのよ」と唇を尖らせる。


「彼氏面などしていない。私は、純粋に風邪をひくことを心配しているのだよ」


「じゃあシフォニアの心配もしてやれ」


「忘れたのか、ザイード。同じようにしたら、シフォニアには変態セクハラ聖職者と言われて引っ掻かれた」


「あはは」


「変態セクハラ聖職者」


 マリアテレーズがハルマディルクを指差して笑い、ジェレイズが押し殺した笑い声をあげる。

 酒が、やや回っているのだろう。

 エルヴィオラはきょとんとしているアイビーと共に、彼らに頭をさげた。


「今日は、ありがとうございました。また明日からもよろしくお願いします。先に、休みますね」


「おやすみなさい、皆さん」


 丁寧に挨拶をするエルヴィオラと、ちょこんと頭を下げるアイビーを微笑ましそうに見て、彼らは「おやすみ」とそれぞれ声をかけてくれた。

 会話に口を挟まなかったレヴィアスは、何も言わずに、それでも軽く手をあげて挨拶をしてくれた。




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