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傭兵寮の案内



 シフォニアに案内されて、エルヴィオラとアイビーは傭兵団の寮へと向かった。


 本拠地からでて、すぐ隣。敷地内にある一軒家である。


 燃えてしまったエルヴィオラたちの家より一回り程度小さい家だ。

 全体的に古めかしいが、中は案外小綺麗だった。


 小綺麗というか、あまり物がない印象である。


「いやぁ、嬉しいにゃ。寮に住んでる女子はあたしだけだったから、寂しかったんよ」


 共有のキッチンや、浴室、リビングなどを案内しながらシフォニアが言う。


「今住んでるのは、あたしと兄と、レヴィアスさんと、今は任務中のユーグリヒトさんだよ。男ばっかでむさ苦しかったんだにゃー」


 一階は共同スペース、二階が個人スペースとなっている。

 二回にはずらっと扉が並び、空き部屋の一つにエルヴィオラたちは通された。


「女の子が来てくれて嬉しいにゃ。ちなみに、マリさんは本部に住んでて、研究棟には魔道具師が二人。副団ちょと、ジェイさんは優雅な一人暮らしだよ」


 空き部屋には、ベッドが二つ並んでいる。

 その他には、クローゼットと文机と棚がある。

 掃除はされていないようで、埃が床の隅や棚や机に溜まっていた。


「ここにあるものは好きに使っていいにゃ。傭兵団の、ふくりこうせーの一つだからにゃ」


 シフォニアは得意気に、福利厚生と言った。

 覚えたての単語を使いたくて仕方ない少女のような口調だった。


「案内、ありがとうございます、シフォニアさん」


「シフォニアでいいにゃ、エルっち」


「える、ち」


「可愛いでしょ。エルっち。アビちん」


 エルヴィオラとアイビーは顔を見合わせる。

 呼び名が増えた。この短時間で、これほど呼び名が増えるのははじめてだ。


「では、私もシフォニアと呼びますね」


「おっけー」


 エルヴィオラが言うと、シフォニアは頬のところで指で丸を作った。頬が指の中でぷっくり膨らむ。


「あ、あの、シフォニアさんは、どうして、にゃあというのですか?」


 アイビーの純粋な質問に、彼女は腹を立てる様子もなくけらけらと笑った。


「いい質問だにゃ、アビちん。猫耳の美少女の語尾には、にゃあがつく。これは全人類の理想なんだにゃ」


「なるほど」


「お勉強になります」


 そういうものなのかと真剣に頷く姉妹の様子を見て、シフォニアは両手をヒラヒラさせながら肩をすくめた。


「というのは冗談で、ヒュームたちがあたしの姿を見て、普通に喋ってるとあからさまにがっかりするものだから、路線変更をしたんだにゃ。まぁ、ある意味理想を体現しているわけにゃ。あたしも実はちょっとだけ、二十歳でこれはきついかもしれないにゃーって思っているんだにゃんにゃん」


 リガルド獣王国の獣人たちは、ヴァラーム王国の人々のことを『ヒューム』と呼ぶ。

 尻尾と獣耳のないものたちの総称である。


「シフォニアは、二十歳にはとても見えません。私よりも年下かと思いました」


「エルっち、優しいにゃあ。エルっちは何歳なの?」


「十八です」


「わ、若っ! 若っ! 副団ちょが手を出したら犯罪じゃん。ちゃんと言っておくね! それに、寮の男どもも厳しく見張らないといけないにゃー。かわいい子が来たって色めきだつやもしれぬ。あっ、兄はいい男だにゃ。兄となら恋愛してもいいよ、エルっち」


「あ、あの、シフォニアさん。お姉様は実は、婚約者にふられたばかりなのです」


 アイビーが意を結したような表情で、一生懸命口を挟んだ。


「こんにゃくをふりかぶって、投げた?」


「婚約者です、シフォニアさん」


「アイビー、そのことはもういいのよ」


「駄目です、お姉様。私は、お姉様が悪い男性に騙されるのは嫌です。私は神官学校に行くので、お姉様と一緒に居られないのですから……」


 アイビーを心配しているのはエルヴィオラのはずだったのだが、なんだか今は立場が逆になってしまっている。

 確かにエルヴィオラはシードに振られた。それは、間違いないのだが。

 別に騙されたわけではないのだ。

 シードに好きな女性ができただけなのだから、仕方ない。不可抗力というやつだと、エルヴィオラは思う。


「うう、いい妹だにゃ。兄姉の幸せを願う妹力、よくわかるよ、アビちん。その辺りの話は、今夜の歓迎パーティーで詳しく聞かせてちょ」


「歓迎パーティー?」


「そ。新しい団員が寮に入ったら歓迎するのが当たり前にゃ。普段からそこまでべったり親しくしたりはしないけど、入団の日ぐらいはね。それに、アビちんは明日神官学校に入学の手続きをするんでしょ? そしたら、もう一緒に居られなくなるもんね」


 シフォニアが宣言した通りに、その日の夜はエルヴィオラたちの歓迎パーティーが開かれた。

 一階の共同スペースに、先ほど傭兵団本部で顔を合わせた面々が集まって、食べ物や酒を持ち寄り皆で夕食を食べる。

 レヴィアスは食事をせずに、ソファにごろんと横になりながら酒を飲んでおり、マリアテレーズもその隣で同じように酒瓶を空にしていた。


 ザイードとハルマディルクは甲斐甲斐しくエルヴィオラやアイビーに、小皿に食事を取り分けて世話を焼いて、ジェレイズはキッチンにずっと立ちっぱなしで、皿洗いをしたり料理を温めたりしていた。


 賑やかな食卓を皆で囲みながら、シフォニアに色々と聞かれるままにエルヴィオラは答える。

 両親が亡くなり、親戚に財産を奪われたこと。

 家は死守したものの、領地の権利は親戚たちにほぼ奪われてしまっていたこと。

 それでもできることをと、エルヴィオラは魔物退治をしたり、人々の治療をしたりしていた。


 アイビーが「町の人たちは、私たちを役立たずの伯爵家の娘と思っていました」と付け加えると、ハルマディルクは表情を曇らせて、ザイードは涙ぐみ、マリアテレーズは「全く、ひどい話だわ」と怒っていた。


 婚約者の話になると、皆が気を使いはじめたので、エルヴィオラは「何も気にしてないんですよ。お金のために結婚をしようとしたのがいけなかったんです」と、話をさっさと切り上げた。


「まだ若いのに苦労をしているのだね、エル。困ったことがあれば、私を頼るといい」


「副団ちょ、エルっちをナンパするのはやめるんだにゃ」


「ナンパではないよ」


「ハルは、人助けしたい症候群なんだ。だが、悪い男じゃない。エルヴィオラ、俺のことも頼っていい」


「兄を頼るといいよ、エルっち」


「は、はい。ありがとうございます」


「レヴィちゃん。俺に頼れって言わなくていいの?」


 エルヴィオラたちの様子を見ていたマリアテレーズが、レヴィアスに尋ねる。


「なんでそんな面倒なことをしなきゃならないんだ?」


 欠伸をしながら、レヴィアスは言った。けれど、彼は先ほど傭兵になるエルヴィオラを心配してくれたことを覚えている。

 ここにいる人たちは、とても優しい。

 それだけ、回復魔法に期待をしてもらっているのだろう。

 エルヴィオラは明日から頑張ろうと、決意を新たにした。



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