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エルヴィオラは傭兵団に入団する



 マリアテレーズ傭兵団に入団する──。


 エルヴィオラの人生の選択肢に、傭兵団への入団が入るなんて考えたこともなかった。


 仕事を見つけるのは、エルヴィオラにとって死活問題である。

 それに、アイビーはマリアテレーズをいい人だと評価したのだ。

 エルヴィオラはアイビーの人を見る目を信じている。


 あまり自分の気持ちを言わない子だが、人のことをよく見ている。

 街の人たちのことを「あまり好きじゃない」と言い、シードのことは「悪い人じゃないとは思うけれど、苦手」と言っていた。


 思えば、アイビーがなついた相手は、エルヴィオラ以外には初めてじゃないだろうか。


 だから、気持ち的にはマリアテレーズの提案に二つ返事で頷いてしまいたい。

 けれど、できることなら──。


「マリアさん。私はアイビーを学校に入れたいと思い、王都に来ました。できれば、それぐらいお給金がいただける仕事をしたいと思っています」


「なんだ、そんなこと?」


「なんだ……って、マリアさん。私、本当にお金がないのです。住むところもなくて。そして学費は高いのですよ」


「住むところは、この建物の隣に家があったでしょ? 傭兵ってのは訳ありの子も多いから、家のない子たちのためにあそこは寮として使っているわ。まぁ、遠征も多いからね。不在にしていることが多いのだけど」


 確かに、この砦のような建物の隣には、塔のような建物と、家のような建物があった。

 エルヴィオラは頷く。


「エルちゃんたちもそこに住んでいいわ。家賃はタダよ。生活費は自分持ちね」


「そ、そんな、好待遇、いいのでしょうか……?」


「好待遇って程じゃないわ。建物が余ってるから、寮にしたってだけだし」


「で、ですが、無料なんて……」


 王都の家賃は高価だ。覚悟はしていたが──まさか、無料なんて。

 家賃が無料なら、食費などを節約して、給金を全てアイビーの学費に回せる。


「おんぼろよ? 立派な家じゃないわよ。しかも、他の連中も住んでいるし、男女別ってわけでもないし。もちろん、素行の悪い男なんて雇ってないから、エルちゃんは可愛いけど急に襲われたりはしないだろうし、大丈夫だと思うけれど」


 そこまで言って、マリアテレーズは「アイちゃんの前でごめんね?」と、慌てたように謝った。


「それはもちろん構いません!」


「えっ、襲われるのが?」


「ち、違います……! 屋根がある場所で眠れて、しかも無料なんて、こんなにありがたいことはないと思いまして……」


「そう? アイちゃんの年齢だと、学校に入るのなら神官学校よね。神官学校は何歳からでも入れるけれど、一応は庶民も受け入れてくれる貴族学園は確か、十五歳から。どっちも学費は高いけど、エルちゃんが傭兵として働いてくれるのなら、全寮制で今から入れる神官学校にアイちゃんをお願いした方がいいわね。子供を一人で残していくのは不安でしょう?」


「でも、マリアさん。神官学校はとても高いです。私も、お姉様と一緒に働きます。お掃除や洗濯ぐらいならできます」


 膝の上に両手を乗せて、お行儀よく背筋を伸ばして、アイビーは言う。

 とても真剣だ。エルヴィオラに迷惑をかけまいとしているのが伝わってくる。

 大丈夫だと言い切れない自分がとても情けないとエルヴィオラは思う。

 傭兵団の給金が幾らかわからないだけに、無責任なことは言えない。


「アイちゃん。エルちゃんの気持ちを大切にしないといけないわ。アイちゃんのために、エルちゃんは働こうとしているんだから、子供はそれをありがとう! って、笑顔で受け入れておけばいいのよ。大丈夫、学費は私が責任をとって、一年分は一括で払う」


「えっ! そんな、流石にそれは」


 申し訳ないと、エルヴィオラは言おうとした。

 マリアテレーズは「エルちゃんが入団してくれたら、条件はよくするって言ったでしょ?」と肩をすくめる。


「入学費と一年分の学費の中に、寮費や生活費が全部入ってるのよ、あそこは。そのかわり、家に帰れるのは長期休暇の時だけ。基本的には寮で生活しなくてはいけないし、厳しいわよ。ただし卒業したら、神官になれる。神官になれるし、卒業資格があればいい職業に就けるわ。アイちゃん、頑張れる?」


「はい、もちろんです」


 アイビーは頷いた。エルヴィオラと離れなくてはいけない。知らない人たちの中で、過ごさなくてはいけない。

 それは怖いことだろう。不安だろうと思う。


 けれどアイビーはまっすぐ前を見て、決意に唇をキュッと結んでいる。


「うん、いいわね。頼もしいわ! エルちゃんは、どう?」


「私は……」


 もしかしたら、アイビーと離れることを不安に思っているのは、エルヴィオラの方なのかもしれない。

 ある程度働いて、お金が溜まったら──なんて、思っていた。

 けれど、これ以上の好条件は他にないだろう。


「マリアさん。私をここで、働かせてください」


「もちろん! よろしくね、エルちゃん」


「よろしくお願いします。あの、入団試験などは、ないのでしょうか」


「そんなものはないわよ? 私はもうエルちゃんの回復魔法がすごいとこ、見ているし。神官学校への手続きは、明日ジェイと一緒にするから。今日はみんなに二人を紹介するわね。一晩ゆっくり休んで、明日から頑張ってもらうわ」


 マリアテレーズは嬉しそうに言って、立ち上がる。

 エルヴィオラもそれに従い、アイビーも立ち上がった。

 いつもならアイビーの手を引いているけれど、それはしなかった。

 アイビーをいつまでも子供扱いしたがっていたのは自分だと、エルヴィオラは気づいたからだ。



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