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傭兵団からのスカウト



 王都に到着したのは昼前。

 南地区まで歩き職業斡旋所で並び、騒動が起って――もうすっかり昼下がり。

 時計の針は午後十五時を示している。


 喉は渇き、空腹だ。エルヴィオラさえそうなのだから、アイビーはもっとだろう。

 

「買ってきたよ、麗しのお嬢様方。何がいいのか分からなかったから、適当に沢山ね」


「ありがとう、ジェイ」


 ジェイという名の受付の男性が、紙袋をいくつも抱えてやってくる。

 先程お使いを頼んだばかりだというのに、すぐに食べ物が届けられたことに、エルヴィオラは面食らった。

 いくらなんでも早すぎる気がする。


「手早いでしょう? ジェイは素早いのよ。あと、食通だから、美味しい食堂の場所や屋台の場所をよく知ってるわよ」


「そうなのですね。申し遅れました、私はエルヴィオラと申します」


「アイビーです、こんにちは」


「はい、こんにちは。可愛らしいお嬢さん方。僕はジェレイズ。皆からはジェイと呼ばれているよ」


「エルちゃんと、アイちゃんよ」


「エルちゃん、アイちゃん。よろしく」


 ここでは、親しく名前を呼び合うのが当たり前なのだろうか。

 男性からそのように呼ばれたことのないエルヴィオラは頬を染めて、アイビーは恥ずかしそうにはにかんだ。


 しかしすぐに意識が、ジェイがテーブルに並べてくれた食事に持っていかれる。

 半身の揚げ鶏、挽肉の包み揚げ。豆とクズ肉の煮込みにかりかりパン。とろけたチーズとサラミのピザ。ブラックオリーブとサーモンサンド。とろりとした木苺ソースのかかったパイ。ごろごろ果物の入ったベリーティー。


 どれもこれも、美味しそうだ。テイクアウトとは思えないぐらいに、見た目も華やかである。

 きゅうと、アイビーのお腹が鳴った。

 恥ずかしそうにお腹を押えるアイビーに、ジェイは「話をする前に食事だね。もうとっくに昼食時は過ぎている。マリアテレーズが何かしようとしたら、大声で呼ぶんだよ」と言って、部屋から出て行った。


「何もしないわよ。失礼よね。私は優しいお姉さんなのに」


「マリアさんが、優しいの、わかります」


「ふふ、アイちゃんは人を見る目があるわね」


 アイビーは昔からどちらかといえば人見知りだ。

 エルヴィオラと二人でいる時間が長いせいか、あまり家から出たがらず、エルヴィオラ以外の人間の傍に近づこうとしない。

 だが、驚くほどの早さでマリアテレーズには懐いている。


 こんなことは今までなかった。いい傾向かもしれないと、エルヴィオラは思う。

 神学校に通わせれば、エルヴィオラは一緒にはいられなくなってしまう。

 アイビーは一人で頑張らなくてはいけないのだ。


「さ、食べて。遠慮なくいっぱい食べてね。ジェイが選んできたのだから、どれもきっと美味しいわよ」


「ありがとうございます」


「ありがとうございます!」


 エルヴィオラとアイビーは両手を組む。


「女神アミーテ様、そしてマリアテレーズ様。お食事を感謝します」


「感謝します!」


 祈りを捧げるエルヴィオラたちに、マリアテレーズは「なんだか照れちゃうわね」と苦笑した。

 食事は、どの料理も全て美味しかった。

 量が多く全て食べられなかったので、エルヴィオラはブラックオリーブとサーモンサンドを食べて、アイビーはチーズとサラミのピザを食べた。

 

 マリアテレーズは残りの食事を全て平らげた。剥き出しの腹は細いのに、どこにそんなに入るのかというぐらいに飲み込むように料理を平らげて「あー、美味しかった」と腹をさする。

 それから欠伸をひとつついた。


「お酒飲んで、ご飯を食べたら眠くなってきたわね」


「マリアさん。私たちは何故ここに連れてきていただいたのでしょうか。ここは、何かの施設なのですか?」


「そうだったわ。大事な話がまだだったわね」


 もくもくと、アイビーはデザートのタルトを食べている。

 エルヴィオラは紅茶で喉を潤わせると、真剣な表情でマリアテレーズと向き合った。


 好意はありがたいが、もうすぐ日が暮れる。このままここでゆっくりしているわけにはいかない。


「私とアイビーは本日、王都に来たばかりです。仕事と住む場所を探さなくてはいけないのです。ですので、あまり長居をするのは……」


「それよ、それ。そのことだけど」


「はい」


「エルちゃん、あなたの回復魔法はすごいわね。王都には魔法の使える者は少なくないわ。魔法が使える者たちはこぞって王都に集まるからね。その才能を役立てるために。いい仕事につくために」


「そうなのですね。職業斡旋所でも、そう言われました」


「でもね、エルちゃん。回復魔法を仕える人は、多くの魔導師の中でも希少なのよ」


「そうなのですか?」


「ええ。体の不調は薬草でなおるし、風や炎や氷魔法なんかは、魔道具で代用できる。でも、回復魔法はね。体の傷をすぐに癒すことができるでしょう? 折れた骨も。もっと言えば、ちぎれた手もくっつくわよね」


「くっつけたことはないですが、たぶん、傷ができたばかりなら、くっつくと思います」


「そうでしょう。これほど重宝する魔法はないわ。火は火打ち石やマッチでつけることができる。魔鉱石の力を使えばもっと色々なことができる。でも、傷を治すのは、自己治癒力で長く時間をかけるか、もしくは回復魔法しかないのよ」


 エルヴィオラは頷いた。

 あまり、考えたことがなかった。自分の魔法をひけらかしたことなどない。

 自分から、回復魔法が得意です――なんて、声を大にして言うようなことではないと思っていた。


 それにエルヴィオラの母も同じぐらい魔法が使えた。

 だから、エルヴィオラの中ではそんなに特別なことではなかったのだ。


「そうなのですね。……それは、知らなかったです。職業斡旋所で、もっと自分のことを話すべきでした。そうしたら、仕事があったかもしれないですね」


「エルちゃん!」


「は、はい」


「うちで、働かない?」


「うちで、とは」


「ここはね、エルちゃん。マリアテレーズ傭兵団の本拠地。王都には国王陛下から許可を貰った傭兵団が各地区にあるんだけど、南地区の傭兵団は、私が団長なの。自分の名前なんて本当はつけたくなかったんだけど、団長の名前を冠するのが傭兵団の伝統なのよね」


 傭兵団――。

 エルヴィオラは頭の中で反芻した。

 確かにマリアテレーズの強さは、異様だった。男に近づいたのも、蹴り上げたのも一瞬で、目視できないほどだった。

 傭兵団の団長というのも頷ける。


「私はエルちゃんをスカウトしたいの。回復魔法が使える魔導師が最近辞めてしまってね。ちょうど困っていたところなのよ。もちろん、いい条件を提示するわよ。エルちゃんの希望があればなんでも言って」


 エルヴィオラはタルトを食べているアイビーをちらりと見る。

 エルヴィオラの希望など、一つしかない。



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