王都南地区マリアテレーズ傭兵団
職業斡旋所のある中央広場から一本路地を抜けて、マリアテレーズはアイビーの手を引いて進んでいく。
もう片方の手をエルヴィオラはとった。アイビーはさながら、両親に手を引かれて歩いているようになる。
はじめは戸惑った表情をしていた。だが、マリアテレーズのことは信用できると判断したのだろう。
今は安心したように表情を和らげて、物珍しそうに街の風景を眺めている。
中央広場は高級店ばかり並んでいる煌びやかな印象だった。
けれど一本路地を抜けただけで、居並ぶ店はやや庶民的なものに姿を変える。
店先で揚げられる鳥肉の、油のにおい。
果物を切って作られる果実水の、レモンの混じる爽やかな甘い香り。
魔法で作られる氷。魚の燻製。共同井戸。昼間から食堂で酒を飲んでいる男たち。
プランターには色とりどりの花が咲き、所々に魔鉱石のランプが設置されている。
店先に並ぶ看板は、武器屋に、装備屋、魔道具屋。
占い。酒場。食堂。宿屋。エルヴィオラのよく見知っている田舎の町の雰囲気に、それは僅かに似ている。
もちろん、人の多さも店の規模も多さも比べるべくもないほどだが。
「ついたわ、ここよ」
マリアテレーズが足を止めたのは、賑やかな通りのある一角から更に奥に入った場所だった。
大きな建物である。
屋敷――とは、少し違うだろうか。
二階建てのやや平たい印象のある建物である。
柵で囲まれた広い敷地には、中心の大きな建物以外にも二棟の建物が建っている。
一棟は、塔に形状が似ている。もう一棟は、こちらは家だ。
宿というには小さい。家というには大きい。
中心の建物は――砦のような形をしている。
一番高い場所にある三角屋根には翼のある獅子の姿が描かれた赤い旗がたなびいている。
「マリアテレーズさん、ここは……」
「マリさんでいいわよ」
「ま……マリアさん」
「マリアさん」
エルヴィオラがためらいながら名前を呼ぶと、アイビーが続ける。
マリアテレーズは中央にある大きな砦のような建物にアイビーの手を引いて入っていく。
エルヴィオラもそれに従った。
扉開いた先は、食堂のような開けた場所になっている。
カウンターがあり、いくつかのテーブルが並んでいる。
テーブルの椅子には、数人の男女が思い思い座って、書き物をしたり飲み物を飲んだりとくつろいでいる。
大きな広間のような場所にはこちらも大きな掲示板がある。
掲示板にはいくつかの紙が貼られている。詳しくは読めないが、何かの依頼状に見えた。
一斉に中にいる人々の視線がマリアテレーズやエルヴィオラ、アイビーに向けられた。
「マリさん、お帰り」
「マリさん、今日は早かったね。お酒飲みすぎて、帰ってこないかと思った」
小柄な、黒いネコミミのような形をしたローブを着た少女と、その隣にいる狼のような耳のはえた青年が言う。
リガルド獣王国の獣人たちだ。はじめて見たと、エルヴィオラは心の中で驚く。
できるだけ表情には出さないように気をつけた。
見た目で人を判断してはいけないと、エルヴィオラは常々アイビーに言っている。
そのエルヴィオラが、獣人を物珍しがるような態度をとってはいけない。
「マリアテレーズ、そちらの方は?」
カウンターに座っている眼鏡の男性が言う。
きっちりとしたオールバックの銀髪に、皺ひとつない高級な服。
カウンターの男性の前には、丸い鳥の置物がちょこんと置いてある。
男性はやや神経質そうな顔立ちだが、鳥の置物のおかげでやや雰囲気が丸くなっている。
「このかわいこちゃんたちとは、さっき知り合ったのよ。んふふ、いいでしょ〜ジェイ」
「非常に羨ましいよ。だが、見たところ二人ともまだ若い。悪の道に引きずりこんではいけないよ」
「引きずりこまないわよ。ジェイ、適当にご飯と飲み物買ってきて。私のお金で」
「部屋に財布が落ちていたよ」
「そう、その財布のお金を使ってね。あの二人は帰った?」
「いや、まだだ。可愛い白い子だけが先に戻った。主人はなにをしているやら」
「道端で寝てるんじゃない?」
「可能性はあるね」
ジェイと呼ばれた男と、マリアテレーズは軽口を交わす。
口を挟めず、挨拶もできないままに、エルヴィオラたちは二階の一室につれていかれる。
ソファのある、応接間のような部屋だ。
ソファセットの奥には、重厚感のある木製の執務机がおかれている。
エルヴィオラは促されて、荷物を床に置いた。
アイビーと並んで座る。
マリアテレーズは羽織っていた上着を、執務机の椅子に放り投げた。
上着を脱ぐと、上半身まで剥き出しになる。
褐色の肌に落ちる赤毛が夕日に似て美しかった。




