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暴走の顛末と、食事の誘い


 マリアテレーズに腹を蹴られた衝撃に、大柄な男は信じられないぐらいに吹っ飛んだ。

 まるで、突風に煽られた小麦畑を守る鳥凧のように。

 夜空を彩る花火の、火薬玉のように。


 重さを感じさせないぐらいに吹き飛んで、壁に詰まれている木箱へと破壊音を響かせながら突っ込んだ。

 壊れた木箱から、男の太い足が突き出ている。

 ぴくぴくと痙攣する足は、ぴんと突っ張った後、軟体動物のようにぐにゃりと力を失った。

 

 同時に、ぐへぁと、どこかが潰されたような声が聞こえる。

 そして、静かになった。

 

「まったく、どこの誰だか知らないけれど、天下の往来で大騒ぎしてんじゃないわよ。せっかくいい気分でお酒を飲んで、素敵な出会いに乾杯したい気分だったのに台無しじゃないの!」


 もう完全に男は伸びているように見えるが、マリアテレーズは地を蹴ってひらりと飛んで一回転すると、男の上にヒールのある靴で綺麗に着地をした。


 彼女の足の下から追い打ちとばかりに「ぐがぁお」と奇妙な声がする。

 一瞬男の体がびくりと痙攣したが、再び静かになる。


「ありがとうございます!」

「ありがとうございます、助けていただいて!」


 男の上からどかないマリアテレーズの前に、職業斡旋所の男性職員たちが集まってくるとぺこぺこお辞儀をした。


「ありがとうじゃないわよ。全く何をしているの? あなたたちがもたもたしていたせいで、女の子が投げ飛ばされたじゃないの。行列の人たちも怪我をしたわよ? 怪我を……」


「――女神アミーテ様の祝福を。その慈悲よ、慈愛よ、全ての傷を癒せ」


 エルヴィオラは両手を広げて、詠唱をした。

 エルヴィオラが一番得意とするのは回復魔法だ。

 女神アミーテに祈りを捧げて力を借り、傷ついた体を癒すもの。


 昔から、回復魔法だけは得意だった。他の魔法はそれに付随するようにして母に習ったものだ。

 だが、回復魔法は息をするように使用することができる。

 幼い頃から自然と使うことができいた。


 エルヴィオラの両手から溢れ出た光が、投げ飛ばされた女性や、投げられたベンチの木片や鉢植えの陶器片にあたって傷ついた人々の怪我を癒していく。


「怪我をされている方はいませんか!? まだ、傷が治っていない方は、私の元に!」


 その呼びかけに答える者はいない。

 最大限の範囲で放たれた回復魔法は、広場の人々の怪我を――木箱に突っ込んだ男の怪我を含めて、全て癒していた。


「あ、ありがとうございます……! 私は、先程あなたに冷たくしたのに……」


 職業斡旋所の眼鏡の女性が、涙目になりながらエルヴィオラの前に進み出る。

 深々と頭をさげる彼女に、エルヴィオラは首を振った。


「冷たくされたとは思っていません。あなたの仕事なのでしょう。怪我は、大丈夫ですか?」


「は、はい。お陰様で、治りました。腕の骨が、折れていたような気がしたんですけれど」


「よかった! 酷い目にあいましたね。大変なお仕事ですね」


「……っ、ありがとうございます」


 女性に頭をあげるように促すと、エルヴィオラは安心させるように微笑んだ。

 エルヴィオラのスカートをぎゅっと握りしめているアイビーの頭を撫でて、それから女性の腕に触れる。


 腕の骨が折れるほどの痛みを味わったのに、起き上がって男性と言葉を交わしていた。強い人だ。

 もう一度回復魔法を念入りにかける。女性の体は光に包まれた。光が収まったとき、女性ははらはらと泣き出していた。


「ごめんなさい。こうなってしまったのは、私にも責任があります。あなたに冷たくしたように、あの男性にも冷たくしました。職業斡旋所に訪れる方の話をまともに聞かずに、日々の仕事を、業務として淡々と行っていたんです」


 それは仕方のないことなのではないかと、エルヴィオラは思う。

 王都で職業を探している人は多い。エルヴィオラが想像していたよりもずっと。

 そんな人々の事情に、一つ一つ耳を傾けることなどとてもできないだろう。


「皆、それぞれ事情があることを忘れていました。恨まれても、仕方ないと思います。あなたは私に、それでも優しくしてくれたのに」


「あの男性の主張は、ただの逆恨みです。あぁでも! もし下水道の掃除の仕事を募集しているのなら、私にその仕事をさせてくれませんか!? こう見えて、体力にはとても自信があるのです……!」


 はっとして、エルヴィオラは女性の手を握る。

 人助けも大切だが、仕事も大切だ。もうエルヴィオラには一万ゴールドしか持ち合わせがない。

 ここまで連れてきて、アイビーを飢えさせるなどしたくない。


「それには及ばないわよ、エルちゃん!」


 怪我は癒えたが気絶したままの男の体からひらりと飛び退くと、マリアテレーズがやってくる。

 男は男性職員たちが縄で縛っている。彼らはマリアテレーズやエルヴィオラに礼をしたあと、男を衛兵の元へ連れて行くと話し合いはじめた。


「エルちゃん……?」


「エルヴィオラだから、エルちゃん。で、アイちゃん」


「アイちゃん……はじめて言われました」


 マリアテレーズはアイビーの頭をぐりぐり撫でた。

 それからエルヴィオラの背中をやや強い力でばしんと叩いた。


「素晴らしい魔法じゃない! 私、もっとエルちゃんと話をしたくなっちゃったわ。ご飯を食べにいきましょうか、一緒に!」


 先程の冷たい声音と表情などどこかに忘れ去ってしまったかのように微笑んで、マリアテレーズは言った。


「えぇ、でも」


「大丈夫よ、エルちゃん。本当に財布を忘れただけなのよ。お金がないわけじゃないんだから。お金もちゃんと返すし、食事はおごるわ」


「で、でも、下水道掃除の仕事が……」


「下水道掃除も悪くない仕事だけれど、もっとあなたの才能を役立てる場所を、紹介できるわよ、私」


 アイビーの手を引いて、強引にマリアテレーズは歩いて行く。

 エルヴィオラは職業斡旋所の女性に会釈をすると、慌ててその背中を追いかけた。



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