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現実とは厳しいものでして



 行列に並んで小一時間。

 本当はもう空腹で、アイビーもそれは同じだろう。

 先に食事を済ませておけばよかったと後悔したものの、王都までの旅で、アイビーの家から持ち出してくれた金もつきかけている。


 先に働く場所を決めて、およその給金から借りられる部屋を選びたい。

 夜になる前に済ませてしまいたい。王都で食事をして宿に一泊などしたら、次の日から野宿になってしまう可能性がある。

 

 ようやくエルヴィオラの順番が回ってきたために、アイビーと共に職業斡旋所のカウンターまでやってくる。

 カウンターには眼鏡をかけた真面目そうな女性が座っていて、エルヴィオラを一瞥するとにこりともせずに「どのような職業をお探しで?」と尋ねた。


「はじめまして、私、エルヴィオラ・クリークと申します」


 エルヴィオラは伯爵家の者だと名乗りかけて、やめた。


 爵位などあっないようなものだ。今のエルヴィオラにとって、爵位は余計な足枷になる可能性がある。

 没落した家の女など、雇いたいと思うものは少ないだろう。


「年齢は?」


「十八です」


「そちらの子は」


「妹です。妹を養うために、仕事を探しています」


「そうですか」


 女性は特に同情的になるわけでもなく、淡々と言った。


「今までどこかで働いた経験は?」


「いえ……ずっと、家でアイビーの面倒を見ていました。両親が亡くなってしまい、私しかこの子を見ることができなかったものですから」


「そうですか。十八で、職業経験なし。特技は?」


「特技……魔法が、少し」


「その程度ですか。王都にはあらゆる人が集まります。魔法を使える者も多いので、特技とは言えませんね」


「なんでもします、そのつもりできました」


「女性が働ける場所は特に少ないのです。紹介状もないですよね」


「はい」


「残念ですが、今日あなたに紹介できそうな案件は、全て募集が埋まってしまいました。また明日、いらしてください」


「で、ですが!」


「あなたのような人は、何人もここに来るのですよ。何か職業を紹介してあげたいのは山々ですが、ないものはないのです」


 女性は「次の方」と、エルヴィオラの後ろで待っていた男性を呼んだ。

 なおも女性に言い募ろうとするエルヴィオラを、体格のいい中年男性が押し退ける。

 エルヴィオラはアイビーの手を引いて「行きましょう」と、職業斡旋所を出た。


 空ばかりが青い。

 エルヴィオラの心は暗く沈んだ。

 だが、暗い顔は見せられない。口元を笑みの形に変えると、職業斡旋所の行列から離れてアイビーの前にしゃがみ込む。


「駄目だったわね。でも大丈夫よ。今日はもう、ご飯を食べて、借りられそうな家を見に行って、それが駄目なら宿を探しましょう」


「お姉様……」


「大丈夫よ、何も心配しないで。何が食べたい、アイビー?」


「私、お腹は空いていません、大丈夫です」


 アイビーはふるふると頭を振った。

 けれど、きゅるりと腹が鳴る。鳴った腹をおさえて、アイビーは泣き出しそうな表情を浮かべる。


「心配かけてごめんね。ご飯ぐらい、食べられるわ。明日には仕事も見つかるわよ、きっと。今日は来る時間が遅すぎたのね」


 どこか、安価なレストランや定食屋がないかと、エルヴィオラはきょろきょろと、広場に並ぶ店の看板を眺める。

 中心街ともあって、どこも高級そうな店ばかりだ。

 市場などに行けば、もう少し安い店が、たとえば屋台などがあるだろうか。


 誰かに聞いて、市場に行こう。エルヴィオラも不安は感じていたが、それはきっと空腹だからだ。

 空腹だといい考えは浮かばないものだ。


「誰か、食い逃げだ! 捕まえてくれ!」


 市場を探しに行こうと歩き出した時、男性の怒鳴り声が響いた。

 エルヴィオラ目掛けて真っ直ぐに走ってくる女性の姿がある。

 豊満な女性である。褐色の肌に、露出の多い銀の鎧を纏っている。

 剥き出しの胸や足はしっかりとした筋肉が張っていて、露出の多さも気にならないぐらいの美しい体つきをしている。


 癖のある赤毛に、紫色の瞳。年齢は三十前後だろうか、美女には違いない。だが、食い逃げと言われて逃げている彼女からは、近づくだけで咽せるような酒の匂いがする。


「だから食い逃げじゃないんだって! お財布を家に忘れたの!」


「食い逃げ犯はみんなそう言うんだ、あんたの部下の酒代だってツケが溜まってるんだぞ!?」


「そう怒らないの、頭の血管切れちゃうわよ!」


 女性はエルヴィオラの元にくると、にんまり微笑んで、エルヴィオラと腕を組んだ。

 背の高い女性だ。エルヴィオラよりも頭が一とつ分ぐらい大きい。

 エルヴィオラもそこまで小柄というわけではないのだが。


「奇遇ねぇ、会えてよかったわ! おじさま、ちょうど知り合いがいたのよ。お金、立て替えてくれるって!」


「嘘をつけ」


 白いエプロンをつけた恰幅のいい男性が、箒を持ってエルヴィオラと女性の前に立ちはだかる。

 アイビーは驚いた顔をして、エルヴィオラの腰にしがみついた。


 エルヴィオラは女性と男性の顔を交互に見て「おいくらでしょうか?」と尋ねた。



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