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序章:エルヴィオラ・クリークと砂漠の魔物



 見渡す限り黄金色に輝く砂丘が続いている。

 砂丘は陽の光を浴びて輝き、吹き荒ぶ風が砂の上に複雑な波紋を描いている──といえば聞こえはいいが、厚い砂漠に何時間も立たされていれば、砂も波紋も何もかもが見飽きてしまう。


 美人は三日で飽きるというが、砂丘は一時間で飽きる。

 そんなことを考えながら、エルヴィオラはじっと獲物が罠にかかるのを待っていた。


『デグサ砂漠の魔物退治。大型のサンドワームが発生したために退治を頼みたい。討伐報酬は諸経費合わせて十万ゴールド』


 傭兵ギルドの依頼に手をあげたのは、働くのが嫌いな相棒のせいで懐がだいぶ寂しくなってきていたからだ。

 砂漠の討伐は誰もが嫌がる。砂に足を取られて思うように動くことができなくなるからである。


 その点、短時間だが浮遊魔法を使えるエルヴィオラと、エルヴィオラの相棒の竜騎士であるレヴィアスならば機動力の面では問題がない。

 めんどくさいと嫌がるレヴィアスを引き摺って、本拠地のある王都リヴァイアタンからレヴィアスの飛竜に乗って一日。南の砂漠地帯グリソムドに到着して、早速テグサ砂漠へと向かった。


 グリソムドの街で一日寝たいと駄々をこねるレヴィアスを再び引きずって。

 金がないのだから宿代に使えば使うほどに、さらに金欠になってしまう。


 マリアテレーズ傭兵団は基本的に二人、もしくは三人でひと組で依頼をこなす。

 傭兵団に所属するようになってから一ヶ月。新人のエルヴィオラの指導係に選ばれた先輩傭兵であり相棒でもあるレヴィアスは驚くほどにやる気のない男だった。


 今も、砂漠に仕掛けたサンドワーム用の罠(中心に猪肉を置いたしびれ罠である)を熱心に見つめるエルヴィオラの横で、彼の愛竜である美しい白竜アルゼスを日除にして、アルゼスにもたれるようにして眠っている。


 砂の上にだらしなく座り始めたのはレヴィアスのくせに、「砂漠は嫌なんだ、砂が入るだろ?」とかなんとか文句を言っていたのは先刻のことで、一瞬のうちに気持ちよさそうに寝始めた。


 どこでも眠ることができるのがレヴィアスの才能である。

 

 黒髪に、右目に眼帯をしている。眼帯の下の瞳は一文字の傷があり、目は開かない。

 立派な体躯に精悍な顔立ちをしているが、大体いつも眠そうにしているかぼんやりしているために、彼を美形だと評価するものは少ない。

 

 やる気がない、眠そう、怠そう──というのが、レヴィアスの主な評価である。

 元々はどこかの国の将軍だったとか、どこかの国の貴族だったとか、騎士団に所属していたとか、様々な噂があるが、本当のところはよくわからないらしい。


 傭兵団の団長であるマリアテレーズは知っているようだが「まぁ、悪い子じゃないから安心して、エルちゃん」と、彼をエルヴィオラの指導係にするときに適当なことを言っていた。


 どうしてこんなにやる気のない男が指導係なのだと不思議に思うこともあるが、まぁ、実力は確かなのだ。

 やる気がないだけである。


「早く来い、早く来い、サンドワーム……! もう暑いです、疲れました、どんだけ大きいか知らないですけれど、任務を終わらせて街に帰ってお金を受け取りたいのです……!」


 愛用の杖を握りしめながら、エルヴィオラはぶつぶつ言う。

 今回の依頼主はグリソムドの街長である。街の税金からがっぽり十万ゴールド。魔物討伐としては割といい金額だ。

 それだけ誰も、この依頼を受けたがらないということだろう。


 ──ただのサンドワームならばなんとかなりますが、あの巨大さでは危険すぎて、魔鉱石もとりにいけないのです。


 デグサ砂漠の地下には魔鉱石という、王国民の生活にとって大切な燃料となる鉱物が埋まっている。

 砂漠地帯グリソムドは不毛の大地にあってかなり豊で、栄えている。

 全ては魔鉱石の売買の賜物で、街の男たちの半数近くが魔鉱石の採掘業についている。


 砂漠に入れないとなるとそれは死活問題だ。

 多少多めの額を払っても、討伐をしてほしいと望むものだろう。


「来いといっても、魔物が来るわけがない。巨体なら罠にかかればすぐに音でわかるだろ、お前も寝ているといい」


「起きてたのですか、レヴィアスさん。これはお仕事ですから、お仕事中に昼寝をするわけにはいきません」


「堅苦しいな、貴族様は」


「元です、元。見事に没落しましたので、元です」


 やる気のない割に、見事なほどに惚れ惚れする上質なテノールの声が、エルヴィオラの耳に響く。

 片目を薄く開いてエルヴィオラをチラリと一瞥した後に、レヴィアスは再度目を閉じた。

 腕には、魔槍と呼ばれる武器を抱えている。

 魔槍とは、研師の魔力を使用して切れ味をあげた槍のことである。

 

 エルヴィオラと違い、レヴィアスは魔法を使えない。


「あぁでも、どれぐらい大きいのでしょうね、巨大サンドワーム。普通のサンドワームが成人男性ぐらいの大きさですから、その倍ぐらいでしょうか? 街長はすごく大きいとか、山ぐらい大きいとか言っていましたけれど、さすがに嘘ですよね。逃がした魚は大きいといいますし、まぁ、大きく見えたのでしょう、きっと」


「ギュル」


 レヴィアスの代わりに、アルゼスが返事をしてくれる。

 白い体に美しい赤い瞳の飛竜は、いつでもエルヴィオラに優しい。


 ジリジリと日差しが肌を焼き、水袋に持ってきた水もつきかけてくる。

 夕方になったら街に戻る必要がある。砂漠の夜は冷える。野宿はできる限り避けたほうがいい。


 今日はもうだめだろうか、長期戦になるのだろうか。

 明日になったらレヴィアスは家に戻りたいと言いはじめそうだと思いながら砂に埋めた罠をぼんやり見ていると、唐突に砂がぼこぼこと隆起しはじめる。


 同時に、地面がぐらぐらと揺れた。

 揺れる地面のせいか砂が流れて足を取られる。まるで底なし沼に嵌ってしまったように、体が沈んでいく。

 

 浮遊魔法をかけようと杖を強く握ったエルヴィオラが見たものは、罠のあった場所を突き破りながらはえてくる、節のある筒状の体の先にぽっかりと穴の空いた、そしてその穴には無数の鋭い歯の生えたサンドワームの姿。


 小山どころではない。それは、小さな街ならひと飲みにできそうなほどの巨体だった。



お読みくださりありがとうございました!

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