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6 別々に?


 領地までの旅の間、ユリウス様はとっても紳士的だった。馬車の中でもいろいろと話題を振ってお喋りして下さったし、私が寝てしまった時にはそっと毛布を掛けて下さった。

 宿では別々のお部屋で休んだ。もう婚姻届も提出したし夫婦になっているのだから同じ部屋なのかな……と思っていたけれど。


「一日中馬車の中で揺られて疲れているだろう。ゆっくり休んでくれ」


 私は、宿の一番良い部屋に泊めていただき、部屋のお風呂でゆっくりと身体を温めた。


(うーん……疲れたあ。こんなに長い旅は初めてだもの。体がびっくりしちゃってるわ。)


 湯の中でうんしょ、と身体を伸ばしたり揉みほぐしたり。身体と一緒に心もほぐれていくような気がした。


 思えばこの十六年間、心の休まるときはなかったような気がする。物心ついた頃から私は義母に疎まれていたし、父からは関心を持たれていなかった。義母の言うことを聞く立場の使用人たちは必要なこと以外は私に話しかけることがなかったし、いつも孤独を感じていた。

 それでも、祖父母が生きている間は良かった。年に数回訪ねて来てくれる祖父母は、いつもたくさんのお土産を私とカイヤにくれた。亡くなった母の両親だった祖父母は、時々カイヤに内緒でそっと絵本やドレスを贈ってくれることもあった。五年前に祖父母が亡くなってからはそれもなくなり、さらに以前もらったものまでカイヤに奪われてしまったけれど。


(いつも義母の機嫌をうかがわなきゃいけない毎日。それももう、お終いなのね! ユリウス様が本当はどんな方なのかまだわからないけど、今はこの開放感を噛みしめていたい)



 そして旅も三日目に入り、そろそろ夕刻を迎える頃。


「リューディア嬢、あの森を超えるとわが領地だ」


 見ると鬱蒼と広がる深い森。その中を馬車は進んで行く。


「森の中は暗いのですね。なんだか怖いわ」

「大丈夫。ここには不届き者などいないから。この森が、我らを守ってくれるのだ」


 鼻を擦りながら話すユリウス様のお顔がほんの少し得意げに見えたのは気のせいかしら。

 やがて森を抜け、豊かな畑を抜けて、暗くなる頃ようやく馬車は止まった。


「ようこそ、私の屋敷へ」


 ユリウス様に手を取られ馬車を降りた。そこには、壮大という言葉がふさわしい、お城のような屋敷が建っていた。コーナーピアを持つ(タワー)、入口には大きな紋章が飾られている。赤レンガの壁には紋章付きのテラコッタパネルやメダイヨンが散りばめられ、窓は三連や五連が多い。おそらく、歴史のある、古いお屋敷なのだろう。


「素敵です……本で見たお城の絵にそっくりですわ」

「それはこの屋敷かもしれない。取材されることも多いのだ」


 重厚な扉を開け中に入ると、使用人たちが並んで出迎えていた。その中から一人、年嵩の女性が進み出て礼をする。


「お帰りなさいませ、旦那さま、奥さま」


(あっ……奥さまって、私のこと……よね?)


 ユリウス様は頷くと、私の背中に手を当て皆に紹介した。


「こちらが今日から私の、つ……妻、になった、リューディア嬢だ。リューディア嬢、この人はヘルガ。私が幼いころから育ててくれた乳母であり侍女長でもある。ちなみにタウンハウスにいるトピアスの妻だ」

「まあ、トピアスさんの? 王都ではトピアスさんにとてもよくしていただきました。ありがとうございます」

「いえいえ、奥さま、当然のことをしたまででございます。トピアスからも、奥さまがとても可愛らしいお方だと聞いておりまして、お会いするのを楽しみにしておりました。どうぞ、よろしくお願いいたします」

「いえっ、こちらこそ、よろしくお願いします」


 そういえば、さっきからとても自然に会話ができている気がする。この傷を最初はじろじろ見られるんだろうな、と思っていたのだけれどそんな素振りもなく。私は、自分が顔に傷などない、幸せな新妻であるような気分になっていた。


 その後、私はヘルガに屋敷の中を案内してもらった。最後に案内されたのは私の部屋で、ユリウス様のお部屋とひとつ挟んだ反対側だ。間に挟まれているのはもちろん……二人用の寝室だ。


(もちろん、子供をもうけるための結婚なんですもの……当たり前よね)


 アルヴィ様と婚約が決まった時、私は彼に憧れていたし、好きな人と結婚できるなんて私は幸せ者だと思っていた。その夢が破れてしまった今、ユリウス様はいい方だと思うけれども男性として好きかと言われると違うと思う。


(だけど、貴族の結婚って親に決められることがほとんどだわ。性格の悪い人も大勢いるんだから、私は、ユリウス様で本当に良かったと思う。私をあの家から救い出してくれたユリウス様に、早く子供を作ってご恩返ししないと……)


 その夜、風呂や着替えを済ませた私は二人用の寝室でユリウス様を待っていた。だがいつまで待っても部屋に入って来ない。すでに真夜中は過ぎている。


(どうしたのかしら……ユリウス様)


 彼の部屋に繋がるドアをノックするべき? いやでも、それはとてもはしたないような……。

 ドアの前でウロウロしていると、ようやくガチャリとノブの回る音がした。そっと中を覗いたユリウス様は、目の前に私が立っていたので驚いたようだ。


「あっ……! す、すまない、リューディア嬢。そこにいるとは思わず」

「いえ、ごめんなさい、ユリウス様。遅いので呼びに行こうかと思っていたところなのです」


 ドアの隙間から滑り込んで来たユリウス様は後ろ手にドアを閉めると、落ち着かない様子でこう言った。


「と、とりあえず……今日は別々に休もうか?」




 



 


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