18 素敵な未来
あれから十年の歳月が流れた。
私たちの間には四人の子どもが生まれ、日々子育てに追われている。四人のうち、銀髪と赤い瞳を持って生まれたのは一番上の子だけ。この子が将来の辺境伯となり、あとの三人が支えていくことになるだろう。
エイネは、王宮パーティーで私が着たドレスが評判を呼び、王都に店を構えることになった。そこでミルカとトピアスが交代し、ミルカがタウンハウスを仕切ってくれることになった。二人の間にも子どもが二人生まれて、エイネによるとミルカの子煩悩っぷりと言ったらすごいものらしい。まあ、ユリウスも負けてないけれどね!
私の実家、ハーヴィスト家はどうなったかというと。
王宮のパーティーのあと、非常識な令嬢ということが広く知られてしまい、ほとんどの貴族から距離を置かれてしまったカイヤ。せっかく予約した大聖堂での結婚式も、招待客が少なくて寂しいものだったらしい。
結婚後、アルヴィの女遊びはますます拍車がかかり、嫌な噂ばかり聞こえてくる。
そして五年前に父が亡くなると、カイヤが後を継いで伯爵となった。いずれはカイヤが生んだ男の子が後継者となるのだろうが、それまで伯爵家が存続しているか微妙である。
なぜならアルヴィは父の死後、待ってましたとばかりにギャンブルに興じ始め、借金を作ってはカイヤに払ってもらっているらしいのだ。その上、一番の売りだった美貌も、この十年で衰えた。というよりも、いやな顔になったと言うほうがいいだろう。歳を重ねて素敵になっていく人も多いのに、彼は年々だらしない顔になっていくのだ。
そんな男、離縁すればいいと思うのだけど、アルヴィは仮にも侯爵家の出だ。なかなか、こちらから離縁を言い出しにくいだろう。
(でも、カイヤが私の顔を切り付けてまで欲しがった夫なのだから。最後まで面倒見てあげたらいいわ)
私の顔の傷は、盛り上がりもなくなり、白くなってずいぶんと目立たなくなった。子どもたちにはいつも触られているけれど、それでも『ママ、可愛い』と言ってくれるのが嬉しい。
口元の歪みは、早いうちになくなっていた。いつも口角を上げて笑っていたからだろうか。ずっと実家にいたら笑うこともなく、今でも歪んだ顔のままだっただろう。ここでは毎日が楽しくて、自然と笑顔になるのだ。
「さあ、みんな、支度はできた? お父さまのところへ行きますよ」
「はーい!」
週に一度はお弁当を持ってユリウスを訪ねていく。父の仕事を見せたいし、外で食べるお弁当は美味しいし、良いこと尽くしだから。
私は長女レイヤの手を引き、ヘルガが長男アレクシスと手を繋ぐ。トピアスは男女の双子ヴァルトとエルヴィを乗せた乳母車を押す。
毎週のこの小さな遠足は領民にも知られていて、いつも農作業の手を止めて声を掛けてくれる。
「リューディア様、今日もいいお天気で! 遠足日和ですな!」
「お嬢ちゃま坊っちゃまもお元気そうでなにより!」
時には果物や花を子どもたちの手に載せてくれたりもする。みんなで育ててくれているみたい。
「さ、ついたわよ」
いつもの丘で敷き物を広げ、ユリウスが昼休みになるのを待つ。アレクシスはトピアスと手合わせの真似事をし、レイヤは花冠を作ってヘルガや双子に被せて遊んでいる。
そして……正午の鐘が鳴ると、一目散にこちらへ向かって走ってくる愛しい人。いつも変わらず私に愛を注いでくれる大切な人。私は彼を迎えるために立ち上がる。
「リューディア! お待たせ!」
走ってきたユリウスが力強い腕で私を抱きしめた。
「お疲れ様、ユリウス。会いたかったわ」
「私もだよ、リューディア。朝別れたばかりなのにね」
軽くキスをする私たちの足元に子どもたちがまとわりついてきて、私も僕もとキスをねだる。
「よーし、じゃあ一人ずつだぞ」
順番に抱き上げてキスをするユリウスを見つめていると、涙が出そうなくらい幸せ。
(十年前にはこんな未来を想像できなかったわ。カイヤ、婚約者を奪ってくれて本当にありがとう)
子どもたちとひとしきり遊んだユリウスがまた私を抱きしめて耳元で尋ねる。
「リューディア、今日のデザートはなに?」
私はにっこりと微笑んで答える。
「あなたの好きなアップルパイよ。今日も上手にできたわ」
「やった、ありがとう!」
ユリウスがもう一度私を強く抱きしめた。
「パパ、ママ、早く食べよう!」
子どもたちが敷き物に置いたバスケットからお弁当を取り出して並べている。私たちは見つめ合って微笑むと、子どもたちのところへ手を繋いで向かった。
(完)