17 母の想い
カイヤが追い出された後、周りにいた人たちはヒソヒソと噂し合っていた。最初は小さかったその囁きはしだいに広がっていき、大広間中の注目が私たちに集まっているように思えた。
「ごめんなさい、ユリウス。カイヤのせいで……」
「謝ることはない、リューディア。私たちは何も悪いことはしていないのだから」
だけど、ユリウスが化け物と言われた辺境伯と同じ人だということを人々はちゃんと理解してくれるだろうか? 面白おかしく話を作って、陰で噂するのではないかと心配になった。
「大丈夫。私は何を言われても平気だし、きみのことは私が守るから」
「ユリウス……」
その時、国王陛下の挨拶が始まるファンファーレが鳴った。皆、壇上の陛下に注目する。
陛下は、誕生日を祝うために集まってくれたことに謝意を述べた。そして挨拶が終わるかと思ったその時、
「もう一つだけ、皆に言っておきたいことがある」
と言った。
「ユリウス・オウティネン辺境伯、こちらへ」
人々の視線がユリウスに集まった。
「陛下が呼んでらっしゃるの? どうしてかしら、ユリウス」
なんだか不安で、そばにいるユリウスを見上げる。
「何だろう。わからないけれど、悪いことではないさ。行こう、リューディア」
「えっ……私も?」
「君を一人にはしておけないよ。大丈夫だから、行こう」
ユリウスの瞳はいつも通り、落ち着いている。ならば、私も平気だ。
彼に手を取られ私たちは前に進み出た。
初めて近くでお顔を見た陛下は、白い髭をたくわえた、とても優しそうなお方だった。壇に上がった私たちをにこやかに見つめると、ユリウスの背を抱いた。
「皆に宣言しておく。ここにいるユリウス・オウティネン辺境伯は、先代の辺境伯により姿を変えられており、そのため社交界では爪弾きにされていた。だが本日、彼は本当の姿を取り戻した。それは彼が真実の愛を得たからである。私の誕生日だけでなく、彼とリューディア嬢の新しい門出を祝って欲しい。そして、私と祖先を同じくするこのオウティネン伯の悪口を今まで言っていた者たち。こちらの調べはついているから、この先の出世に関わると覚悟しておくように。以上だ! あとは、ゆっくり楽しんでくれ!」
楽団が音楽を奏で始める。私たちを笑顔で見つめる者、青ざめて顔を見合わせている者、いろいろだ。
ユリウスは私の手を取り陛下に近づいて一礼する。私はドキドキしながらカーテシーをした。
「陛下、ありがとうございました。ですが、母の掛けた魔法のこと……ご存じだったのですか?」
陛下はユリウスと、私にも笑顔を下さった。
「先代……ミルヴァと私は呼んでいたが、彼女から聞いていたのだよ。魔法のせいで辛い思いをするかもしれないが、きっと、本当のユリウスをわかってくれる人が現れる。伴侶だけでなく、友人や上司、部下、領地の民。正しい心を持つ人々が周りに集ってくるはずだ。ユリウスの姿が元に戻った時、その時だけ力を貸してやって欲しい。悪い人間が手のひらを返して近寄ってこないように、と」
「そうだったのですか……」
ユリウスは涙ぐんでいた。
(お母さまは、もしかしたら自分が早く亡くなることをわかっていたのかしら……ユリウスの周りにいる人をふるいにかけるための魔法だったのかもしれない)
「リューディア嬢」
「は、はい!」
陛下にお声を掛けられ、私は緊張しつつ返事をした。
「ユリウスの姿を取り戻してくれて礼を言う。これからもユリウスのことを頼むぞ」
「……はい! お任せください!」
ユリウスが私の肩を抱き、ありがとう、と呟く。
「どうやら心配はいらないようだな。次は、可愛い後継ぎを待っておるぞ」
ハッハッハ、と笑って陛下は壇上から降りて行った。私たちも大広間に降り、楽団の音楽に合わせて初めてのダンスを踊った。私は緊張して時々ユリウスの足を踏んでしまったけれど、それすらも楽しく、いつまでも踊り続けていた。
「ああ、楽しかったわね、ユリウス!」
パーティーから帰り、ダンスで筋肉痛になってしまった私は、湯浴みの後にお行儀悪くベッドに寝転がっていた。そんな私の足を、ユリウスがマッサージしてくれている。
「リューディアが楽しんでくれて良かった。これからは夜会に出る回数を増やそうか?」
「ううん、それは必要ないわ。数年に一度くらいで充分。それよりも私はオウティネン領で暮らすほうが好きだもの。それに……子どもは領地の自然の中で育てたいし……ね?」
そう言うとユリウスはちょっと顔を赤くし、マッサージする手に力が入った。
「リューディア、子どもは何人くらい欲しいかい?」
「たくさん欲しいわ。あなたによく似た子がたくさん」
「私は、君に似た子がいいな。ああでも、君に似た女の子だったらお嫁に出したくなくなるかも……」
「ふふっ、私たち、ずいぶん気が早いこと言ってるわね」
「そうだな、陛下の言葉ですっかりその気になってしまった」
では気が変わらないうちに……とユリウスは明かりを消し、ベッドに潜り込んできたのだった。