16 王宮のパーティー
そしてその夜、エイネが仕立ててくれたドレスを着て、ユリウスに贈られた宝石をつけて、華やかな王宮へと足を踏み入れた。全てが初めてのことで、私は見るもの全てにワクワクしていた。
「ユリウスは慣れているの?」
「夜会はほとんど参加していないんだ。ただ、年に一度、陛下に謁見する機会があってね。他にも戦の功労者の表彰があったりして、けっこう来ているほうかも」
「陛下の謁見って、騎士団の関係?」
「いや、王家とオウティネン家は遠い親戚だからね。ちょくちょく顔合わせはしているんだ。次からは、リューディアも一緒だよ」
「わあぁ……なんか今から緊張しちゃう……」
それにしてもさっきから、ものすごく人々の注目を浴びている。おそらく、あの美しい男性は誰なんだ、と噂しているに違いない。彼と共にいる私にも視線が集まってしまうはず。
(エイネにメイクしてもらってて良かったわ……)
エイネは服飾の勉強を主にしていたのだが、ユリウスと私の結婚が決まってからメイクの勉強も始めたのだという。それも、傷跡を隠すためのメイクの勉強だ。トピアスが頼んでくれたらしい。
『エイネ、私、気にしないわ。隠さなくても平気よ』
『もちろん、普段はそのままでいらしてもかまいません。ですが、社交界では口さがないことを言う者は本当に多い。完全には隠れませんが、遠くからはわかりにくくできますから、是非やってみましょう。戦うための武装だと思ってもらえれば』
『武装かぁ……そうね、なんだか戦える気になってきたわ。お願いします、エイネ』
彼女のメイクのおかげで、傷がうっすらとして遠くからだと目立たなくなった。もちろん、近くまでくると傷口が盛り上がっているから、どうしてもわかってしまうけど。
「あっ! リューディア!」
呼ばれて振り返ると、友人たちが集まっていた。
「まあ! みんな!」
「リューディア、元気そうでよかったわ! なんて素敵なドレス! それに傷口もだいぶ目立たなくなったのね!」
「ありがとう、でもこれメイクなのよ。すごいでしょ」
「すごいわ。腕のいい人を雇っているのねえ」
エイネを褒められて私も鼻高々だ。
「リューディア、ご友人かい?」
後ろからユリウスが顔を出した。
「そうなの、ユリウス。学園で仲良くしてもらっていた皆さんなの」
「初めまして。ユリウス・オウティネンです」
優しく微笑むユリウス。いつもと同じ微笑みなのだけど、今日は破壊力が違う。みんな顔を赤らめて何も言えなくなっていた。
「リューディア、久しぶりの再会なのだからゆっくり話しておいで。私はこの近くで誰かつかまえて話でもしているから」
「ありがとう、ユリウス。じゃあ少しだけ」
ユリウスが去ったあと、みんなにぐいっと詰め寄られた。
「「リューディア! どういうこと?! オウティネン辺境伯って、噂ではあんな美形じゃないって聞いてたけど!」」
「あ、ええと、痩せたら急にあんな感じになって……」
まさか呪いめいた魔法だったなんて言えない。
「やったじゃない! アルヴィなんて目じゃないわ! 素敵な方ね、おめでとう!」
「アルヴィなんかカイヤに引き受けてもらって、かえって良かったわね、リューディア!」
(あ、あれ……? みんなアルヴィ様って呼んで崇拝していたのに、どうしたのかな?)
「あの男、成人前の婚約者に子供を作っただけでも恥知らずなのに、あちこちの令嬢と遊んでるんですってよ」
「私たちにも声掛けてきたのよ。顔がいいのを鼻にかけて、気持ち悪いったらないわ」
「カイヤの同級生がさすがにかわいそうに思って、カイヤに忠告したのよ。そしたら、『私とアルヴィ様の仲を妬んでるんでしょ!』って平手打ちされたのよ。しかも大通りのカフェで。それ以来、誰もカイヤには近寄らないわ」
「ほら、噂をすれば……よ」
彼女たちが指し示すほうを見ると、相変わらず茶色の巻き毛に大きなリボンをつけたカイヤが、アルヴィの腕にしがみつくようにぶら下がって歩いていた。エンパイアラインのドレスを着ているのは、お腹を圧迫しないためだろう。
カイヤに腕を取られたアルヴィは、あさってのほうを見ながら、嫌々といった感じで歩いている。
私たちの視線に気がついたのか、カイヤと目が合った。その途端、彼女の目には獲物を見つけた獣のような光が宿った。
(ああ、私、この顔をよく知っているわ。あの家ではしょっちゅうこの目で見られていた。義母からも、カイヤからも)
足を早め、こちらにやってくるカイヤ。アルヴィを引きずるようにして連れて来る。
「お姉さまじゃないの! お久しぶりね!」
傍から見ると、姉との再会を喜ぶ妹のよう。でも実は、いくら嫌味をぶつけてもいいサンドバッグ(私のこと)を見つけて喜んでいるのだ。
「カイヤ……子供ができたんですってね。おめでとう。体調は大丈夫なの?」
ニヤリと笑ってお腹をさするカイヤ。
「まだ妊娠がわかったばかりでつわりもないのよ。お腹も出てないし、エンパイアドレスなんて大袈裟だって言ったんだけどねえ、アルヴィが心配してくれちゃうから。お姉さまのほうはどう? あの時の自作自演の傷跡、上手くごまかしているから消えたのかと思ったわ。でも近くでよく見たらやっぱり醜い傷だわねえ」
うふふふ、と満足げに笑いながらすぐ側まで近づいてきて私のドレスを手に取った。もしかして、破られるんじゃないかと緊張したけれど、さすがにこんな席でそこまではしないだろう。
「なに、このレース。ずいぶんいいもの使ってるのねえ……」
レースを吟味していたカイヤの眉根がグッと寄せられ、表情が険しくなる。
「……まっ、腐っても辺境伯ってことかしら。このくらいの財力はあるのね。いいわ、私だってお父さまの後を継いで伯爵になったら、これくらいのドレス作れるもの。そうそう、見て、アルヴィは相変わらず素敵でしょう? お姉さまは醜い夫と暮らしているから、彼の美しさは目に毒かもね。同情するわ。ところで化け物伯は、今日は来てないの?」
きょろきょろと辺りを見回すカイヤは、突然びっくりしたような顔で黙った。目が、私の斜め上を見つめたまま固定されている。不思議に思って振り向くと。
「ユリウス!」
ユリウスが現れ、私の肩を抱いた。周りで見ていた女性たちからキャアっと言う小さな嬌声が上がる。
「お待たせ、リューディア。アルミラ公爵に捕まっていてね。一人にしてすまなかった」
カイヤは真っ赤な顔をしてユリウスを見つめているが、その理由を私は知っている。だって、ユリウスは、カイヤの好みのタイプそのものなんだもの。きっと、アルヴィの顔よりも好きに違いない。アルヴィの腕に絡みついていた腕も、いつのまにか解いていた。
「あ、あの、あなたはどこのどなたですか? こんなに素敵な方が社交界にいたなんて、知りませんでした」
上目遣いで媚びるように猫なで声を出している。見ているととても恥ずかしい。
「忘れられてしまったとは悲しいですね。私は、あなたが言うところの『化け物伯』ですよ」
冷たく言い放つユリウスの言葉を聞いたカイヤは口をポカンと開けてしばらく考え、それから急に怒りをあらわにした。人は、頭で理解できないことがあった時、怒り出すものらしい。
「嘘よ! あの化け物はこんな美しい人じゃなかったわ! 背中が曲がって、瘤や痣があって。気持ち悪い男だったもの! 化け物にエスコートされるのが恥ずかしいから、違う人を連れてきたんでしょう!」
私は一歩前に進み出て、目を吊り上げているカイヤと静かに対峙した。
「カイヤ。ユリウスは前から素敵な人よ。あなたの目には彼の良さが映っていなかっただけ。私の大切な旦那さまに、ひどい言葉を投げつけるのは許さないわ。彼に謝ってちょうだい」
「な、なによ! あんたなんて、傷もの女のくせに私に命令しないで!」
掴みかかろうとするカイヤだが、ユリウスが素早く私の前に出て庇ってくれた。
「私の愛する妻をこれ以上傷つけるな」
武勇で知られた辺境伯の静かで研ぎ澄まされたオーラに、さすがのカイヤも圧倒され怯む。
騒ぎを聞きつけた警護の兵士がやって来た。陛下の誕生を祝うパーティーで大声を上げて下品な言葉をわめくなど許されないことだ。だが仮にも伯爵令嬢であるカイヤを縛り上げるわけにはいかない。
「ハーヴィスト様。どうぞお帰り下さい」
大勢の兵士が取り囲み、じわじわとカイヤを壁際に追いやっていく。
「やめてよ! なんで私を追い出すのよ。アルヴィ! なんとかして!」
だがその叫びも虚しく、やがて大広間の扉から外に出されたカイヤ。重い扉はキッチリと閉められ、二度とカイヤに対して開くことはないだろう。
その間、アルヴィがどうしていたかというと、カイヤの腕から抜け出したのを幸いに、ガブガブとワインを飲んでいたのである。カイヤを助ける気は全くないようで、そのまま人混みに紛れていった。
(良かったわ、あの人とあのまま結婚しなくて……あの人こそ、顔だけで中身のない、どうしようもない人間だった。彼を奪ってくれたカイヤに感謝したほうがいいわね)