15 大好きなあなた
ヘルガに身支度を整えてもらう間、私はいろいろと質問したのだけれど、『旦那さまと一緒に説明しますからね』と、何も答えてもらえなかった。身支度が終わり急いで食堂に行くと、トピアス、ミルカ、そしてエイネも来ていた。
ヘルガが軽く食べられる朝食を持ってきて、全員の前に並べる。
「さあさ、はやる気持ちはわかりますがまずは腹ごしらえですよ。ちゃんと食べてくださいね」
全部食べるまではどうあっても話さないつもりだと観念して、私とユリウスは詰め込むように朝食を食べた。そして食後の紅茶を飲む頃、ようやくトピアスが口を開いた。
「ユリウス様、今まで黙っていて申し訳ございませんでした。ですが、これは先代との約束だったのです」
「先代……?」
「リューディア、先代は私の母だ」
(お父さまではなく、お母さまが辺境伯様だったのね)
「リューディア様。オウティネン領を治めるオウティネン辺境伯家は、昔から武に優れ、戦いの神として尊重され、王家からの信頼も厚い家柄です。その力の源は、代々受け継がれる銀色の髪と赤い瞳。この色を持つ者は大きな魔力を持つと言われています」
(魔力……その昔、貴族たちはみな魔力を持っていたと聞くわ。いえむしろ、魔力を持つ者が貴族になっていったのだと。でもその力はいつしか失われ、今は王家と一部の有力な家しか魔力を持たないという。それが、オウティネン家なのかしら)
「魔力を持つからといって、魔法が使えたり空を飛べたりするわけではありません。ただ、力が強かったり頭が良かったり、何らかの能力に優れていることが多いのです。そして先代の能力は時々未来が見えたりすること、そしてその未来を回避するために現在を変えることができるというものでした」
「なんだそれ……最強じゃないか」
「はい。しかし見たい未来が見えるわけではない。突然何らかの啓示が降りてくるだけで、例えば水害だったり失くし物だったり。それも、何年かに一回くらいで。先代は、『たいして役に立たない能力』と笑っておいででした」
ヘルガが、話を続ける。
「先代が二十歳の時に大恋愛の末結婚なさり、生まれたのがユリウス様です。銀髪に赤い瞳というオウティネン家の色を持ち、それはそれは美しい、輝くような赤ん坊でございました」
「えっ? 私の痣は生まれつきではなかったのか?」
「はい。こんなに美しい子はみたことがないと領内でも評判になりました。ですが、先代がある日未来を見たのです。ユリウス様が美しさを鼻にかけ、身を滅ぼしていく未来を」
ユリウスと私は顔を見合わせた。今のユリウスの性格からは信じられない未来だ。
「そこで先代はユリウス様に魔法をかけたのです。いや、魔法というより呪いに近いのかもしれません。女性が近づいてこないようユリウス様の姿を変える呪文をかけました。それを解く方法はただひとつ。ユリウス様が心から愛し、またユリウス様を心から愛してくれる女性と結ばれた時です。その時に姿が元通りになるようにしたのです」
「いや、それめちゃくちゃ難しいことじゃないか……これまでの人生、そもそも女性に近付けもしなかったぞ」
ユリウスの言葉にトピアスが深く深く頷いている。貴族女性に片っ端から手紙を書いていたのはトピアスなので、その苦労はわかっているのだ。
「先代が長く生きていらっしゃったら、その難しさに気づいて解呪して下さったと思うのですが……ユリウス様が物心つく前に戦いで命を落としてしまわれました。そのため、どうすることもできないまま、今にいたるというわけなのです」
「ちょっと待て、ヘルガ。このことはみんな知っているのか?」
「はい」
「領民たちも?」
「はい。先代によくよく頼まれていましたので、領民たちもユリウス様を温かく見守っておりましたし、このことは親から子へと伝えられて……」
「うわーっ、なんだそれ! 恥ずかしすぎる! ミルカ! お前も知ってて黙ってたのか?」
ユリウスの顔は真っ赤だ。
「まあ、俺も親から聞いてるから。でもユリウス、そのおかげでこんなに素晴らしい奥さまに出会えたんだろ? 先代に感謝しなきゃ」
「も、もちろん、それは感謝している。ただ、私がリューディアといつ結ばれたか、皆にばれてしまうってのが……!」
……確かにそうだ。ということは、私たちが今までちゃんと夫婦になっていなかったことも皆に把握されてたってことで……!
私も恥ずかしくて、頭から湯気が出そうだ。熱でも出てるのかと思うくらい顔が熱い。
エイネも、いたずらっぽく目を躍らせながら会話に加わってくる。
「ユリウス様、今なら新しい正装、ぴったりだと思いますよ? 背中の盛り上がった部分を除外した寸法で仕立てましたからね。今日のパーティーにはそれを着ていってください。ちゃんと、リューディア様のドレスと対になるようにしてありますから」
「エ、エイネもこの事態を見越して……」
にっこりというよりもニヤッと笑い、もちろん、とエイネは言った。ユリウスはがっくりうなだれて、しばらくそのままじっとしていた。そしてやっと顔を上げると、隣に座る私の手を取る。
「リューディア。こんなことになってすまない。すっかり姿が変わってしまった私だけど、それでも愛してくれるか?」
私は彼の顔を見つめた、昨日までずっとそばにいたユリウスとは全然違う今の姿。丸まっていた背中はすっきりとして姿勢がよくなったように見える。痣のない顔はつやつやした白磁のよう。瘤に隠れていた両目はこんなに大きくて切れ長だったんだ、と感嘆するばかり。あまりに美しすぎて、私がそばにいるのは申し訳ないくらい。
でも変わらないものもある。美しい銀色の髪と、優しい赤の瞳。そして穏やかな声。私が愛しているユリウスは、ちゃんとここにいる。
「もちろんよ、ユリウス。あなたがどんな姿でも、私はあなたが大好きよ」
四人がまた拍手してくれる中、私たちはキスを交わした。