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11 湖でのデート


「はあ……」


 私は大きなベッドの上で、さっきから枕に顔を押し付けたり離したり、端から端まで転がってみたり。この感情の持って行き場を探してもだえていた。


(初めてのキス……! でも、私からおねだりしたみたいで、恥ずかしい……! どんなふうに思われただろう?)


 ユリウスはキスのあと耳元でお休み、とささやいて自室に戻って行ってしまった。彼があのキスをどう思っているのか、まったくわからない。


「はしたないって思われたかなあ……」


 ゆっくり仲を深めていきたい、と彼は言ってくれたのに。私から先を急いでしまった。反省しきり、である。


(明日の夜はどうなるのかしら? また目を閉じて待つべき? それともユリウスの行動を待ったほうがいいのかな……)


 いくら考えても答えが出ない。そのまま長いこと転がり続けたリューディアだった。





 そして同じ頃。自室のベッドでやはり転がりまくっているユリウスがいた。


(かっ……可愛すぎた……!)


 目を瞑れば、さっきのリューディアの顔が浮かんでくる。顔を上げて、目を閉じて……。思わず、吸い込まれるように口づけてしまった。


(あ、あれはキスしてもいいってことだったんだよな? 合ってるのか? 違っていたらどうする? でも終わったあと何も言われなかったし、大丈夫なはず……)


 ユリウスにとって初めて交際する女性、リューディア。彼女を実家から救い出す代わりに跡継ぎを産んでもらうという、リューディアにとってはかなりの負担になる条件だったのに、快く結婚を承諾してくれた。だから、本当に大事に扱っていこうと心に決めていた。

 最初の夜に『ゆっくり仲を深めていきたい』と言った手前、手を繋ぐより先に進むことはまだまだ先にするつもりだった。


(子供を作るのは一年後くらいかな……)


 そんなふうに思っていたのだけれど。


 このひと月あまりでリューディアはどんどん綺麗になっていった。もとから美しかったが、髪や肌の色つやも増し、笑顔も増えて魅力的だ。彼女は口元の歪みを気にしているようだが、前よりも口角が上がるようになった気がする。よく笑っているからだろうか。

 とにかく。ユリウスはリューディアにどんどん惹かれていき、もっと触れたいという気持ちが日に日に増していくのを必死で抑えていたのである。


(キスだけで終わらせた私を、誰か褒めてくれ……)


 誰か、と言っても誰もいない。結局、ユリウスはごろごろ転がりながら朝を迎えてしまうのだった。




「おやまあ。お二人ともどうなさったんですか? ひどいお顔で」


 朝食の席で、寝不足で目が腫れている私はヘルガに呆れられたが、ユリウスも同じだった。ただでさえ赤い瞳が、白目まで真っ赤なせいで迫力がありすぎる。


「いや、まあ、ちょっと。考えごとをしていてな」

「そ、そうそう。あのね、今日ユリウスが仕事お休みだからどこへ行こうかなって考えていたの」


 我ながら絶妙な言い訳である。これなら、二人とも寝不足でもおかしくないだろう。

 はいはい、と苦笑しながらヘルガは部屋を出て行った。


「あー……そうだな、リューディア。今日、どこへ行こうか? 行きたいところはあるか?」

「ええそうね、湖に行ってみたいの。水が透き通っていてとても綺麗だって聞いたのよ。それに、ボートも漕げるって」

「ああ、そうだな。そういえばあの湖でボートを漕いだカップルは幸せになれるという言い伝えがあ……る……」


 そこまで言うとユリウスは真っ赤になって黙ってしまった。私の顔も焼けるように熱くなる。


「あ、ああっ、あのそのっ、伝説を聞いたから行きたいワケではなくて、ただ綺麗な湖を見てみたいなあって……」


 必死に言い訳をする私に、コホンと咳ばらいをしたユリウスが言う。


「じゃあ、湖に行って、二人でボートに乗ろう」


 優しい笑顔でそう言われ、私も嬉しくなって一生懸命に口角を上げて微笑んだ。


「はい! お願いします」



 その日のお出掛けは本当に素晴らしかった。小さな二人乗りの馬車に並んで座り、ユリウスが運転してくれる。このタイプの馬車に乗るのは初めてで、風をきって走るのが気持ちよくて自然に笑い声が出た。

 湖は森を超えたところにあり、陽の光が当たってきらきらと輝いていた。紺色、青色、清らかな緑色。光に合わせてさまざまに色彩を変え、見る者の心を惹きつける。


「素敵……なんて綺麗なの」


 私が景色を眺めている間に、ユリウスはボートに乗り込んで私の手を引き、座らせてくれた。


「私ね、ボートに乗るの初めてなの。私でも漕げるかしら?」

「私がまず漕いでみるからよく見ておいて。けっこう難しいんだ」


 彼を見ていると簡単にできそうだけど、自分でやるとちっとも進まない。何回かチャレンジしてやっぱりお任せすることにした。ユリウスが漕ぐと、湖面を滑るようにボートが走っていく。

 明るい陽射し、きらきら光る湖、爽やかな風。解放感と爽快感に包まれ、私はうっとりと目を閉じた。なんて幸せなひとときなんだろうと思って。

 ふと、ユリウスのボートを漕ぐ手が止まる。どうしたのかな、と目を開けて彼を見ると、なんだか泣きそうな顔をしていた。


「どうしたの? ユリウス?」


 心配になって覗き込む私に微笑んでみせて。


「リューディア、君とこうしていることはまるで奇跡のようだ。こんな見た目の私と結婚してくれる女性(ひと)などきっと現れない、私は一人で生きて一人で死ぬのだとずっと思っていた。それなのに君は、結婚を承諾してくれたばかりか、こんなにも私を楽しい気持ちにさせてくれる。なんて幸せなんだろうって、そう思ったら涙が出そうになったんだ」

「ユリウス……私も今、同じことを考えていたわ」


 私たちは見つめ合った。


 

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