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1 アルヴィとの婚約


「おめでとう、リューディア」


 友達が口々に祝いの言葉を述べた。リューディア・ハーヴィストは15歳の伯爵令嬢。つい先日、侯爵令息アルヴィ・クレーモラとの婚約が整ったばかりである。


「アルヴィ様は令嬢たちの憧れの的、その彼を射止めるなんてさすが学園一の才媛ね」

「射止めるなんて、やめてちょうだい。親同士が決めてきた婚約なんですもの」


 リューディアはかすかに眉根を寄せて嫌がる素振りをみせているが、その頬はほんのりと赤くなっている。アルヴィはクレーモラ侯爵家の次男であり、リューディアと結婚してハーヴィスト伯爵家に婿入りすることが決まっていた。


「あーあ、うるわしき金髪に透き通る青い瞳、貴族子息の中で一番の美青年と言われるアルヴィ様! できれば私と婚約してもらいたかったわあ」

「あら、あなたには無理よ。リューディアみたいに美しくなければね」


 実際、リューディアの美しさは学園の女生徒の中でも群を抜いていた。つややかなコーラルピンクの髪は優雅なウエーブを描いて豊かに下ろされ、陶器のような肌には愛らしいえくぼが浮かんでいた。紫色の瞳は光の具合によって灰色にも見え、優しさの中にも意思の強さを感じさせる。


「で、彼はどんな方だったの? お会いしたんでしょう?」

 皆の興味深々な顔に囲まれ、リューディアは照れながら話し始めた。

「ええ、とても優しい方だったわ。エスコートしてもらって、二人で侯爵家の庭を歩いたの。私が16歳になったら、夜会に連れて行って下さるって」


 ほおっ、とうらやましそうなため息があちらこちらで聞こえる。学園の同級生の中で一番早く決まったのがこの婚約なのだ。


「……でもリューディア。あの子は大丈夫なの?」

 誰かが言ったその言葉に、リューディアの表情が曇る。

「どうせ、『お姉さまばっかりずるい! 私にも!』って駄々こねているんでしょう」


 あの子、というのはリューディアの一つ下の妹カイヤだ。優秀なリューディアとわがままなカイヤの姉妹は、学園でも有名だ。


「ええ、昨夜からずっと拗ねているの。今朝は朝食にも出てこなくて、結局学園も休んでいるわ」


☆☆☆


 昨日のことを思い出すとリューディアも憂鬱な気分になってしまう。昨夜、侯爵家で婚約を取り決めたのち帰宅すると、カイヤが仁王立ちして待っていた。そしていつものように癇癪をおこし始めた。


『お父さま、ひどいわ! 私がアルヴィ様を好きなこと、知ってるくせに! なんでお姉さまなの!』

『仕方がないだろう。お前は次女なのだし、まだ14なのだから』

『そんなのずるいわ! 私だって好きで後から生まれたわけじゃないのよ! たったひとつしか違わないのに、私だってアルヴィ様と婚約する権利があるはずだわ!』


 父は面倒くさそうに首を振ると、あとは任せたと言わんばかりに自分の部屋に引っ込んでしまった。残されたのは私と義母(はは)のサンドラ。私の実の母は私を産むと同時に亡くなった。父はそのあとすぐに後妻としてサンドラを迎え、カイヤが生まれたのだ。


『我慢なさい、カイヤ。あなたがどんなに可愛らしくて優秀でも、姉よりも先に婚約するわけにはいかないわ。順番というものがあるのだから』

『だって、それならお姉さまは他の人と婚約すればいいじゃないの! アルヴィ様は私のために取っておいて欲しかったの!』


 ボロボロと大粒の涙を流すカイヤを、義母は抱きしめて頭を撫でている。私がここで何かを言っても火に油を注ぐだけ。だから黙って二人を見つめるしかなかった。すると義母が私をキッと睨み付ける。


『あなたって子は、本当に冷たい子ね。妹がこんなに悲しんでいるのに何の言葉もかけないなんて!』

『お姉さまはいつもそうだわ。私の欲しいものは全部奪っていくの』


 そう言ってまた、おんおんと泣き始めた。


(こうなると、絶対に諦めないのよね……これまでも、お人形や綺麗な絵、大事な本にドレス、お母様の形見のネックレスまで私から取り上げてきたのに……)


 でも、今回ばかりはどうすることもできない。これは、侯爵家との契約なのだ。カイヤがごねたからといって、勝手に変更できるものではないくらい、義母だってわかっているだろう。

 だからカイヤをなだめるために、こう言ってみた。


『わかったわ。お父さまに話してみるわ』

『ホント? お姉さま! お願いね!』

『ええ。でも、あなたも一緒に来てちょうだい。私だけではお父さまを説得できないわ』


 さっきまでの涙はどこへやら、すぐにニコニコして私の後をついてくるカイヤ。二人で父の部屋に向かい、直談判をしたのだが。


 結果として、それは失敗に終わった。一度決めた婚約を、私に何の落ち度もないのに変更することはできないと父は言ったのだ。カイヤがどんなに泣いて叫んでも、それは覆ることはなかった。


『ひどい! みんな大嫌い!』


 部屋を飛び出しドアを思い切り音を立てて閉め、足音も荒く出て行ったカイヤ。


『まったく。サンドラの奴が甘やかすから……』


 父はこめかみを押さえしかめ面をしていた。傍で立ち尽くしている私のことなど見てもいない。せっかく婚約が決まった嬉しい日に、誰にも祝福してもらえず惨めな思いだった。


☆☆☆


「リューディア? どうしたの?」


 私はハッと我にかえった。友達が心配そうに見ている。


「あっ、ごめんなさい。なんだかぼうっとしちゃって」

「カイヤのことは気にしちゃダメよ。今回ばかりはあなたから奪うことはできないわ。アルヴィ様は()()じゃないんだから」


 みんなが私を元気づけてくれている。そうだわ、家族が誰も祝ってくれなくても、私には友人がいる。


「ありがとう、みんな。そうよね、婚約者を奪われるなんてこと、あるわけないわね」

 

 そう言ってほほ笑んだ私だったけど、結局、アルヴィ様はカイヤに奪われることになってしまったのだ。





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