【交換1】鋼の中剣(中古品)⇒宿屋・明け方の雄鶏亭(宿泊)
さっきまでの喧騒とそれに続く阿鼻叫喚の騒ぎが嘘のように静まり返った市場の外れ。
この場にいるのは完全に息絶えた角の生えた魔狼と、金属製の鎧をまとった金髪ポニーテールの少女。そして、単に逃げ遅れた俺だけである。
なんというか……海外の事件映像なんかでは、町中で発砲事件とか強盗事件とかが起きると、地元民は一目散に逃げるか、即座に床に体を投げ出して無抵抗の意思を示すのだが、日本人なんかだと呆然として立ちすくむ……という危機意識の差を伝聞で聞いたことがあるが、まさにいまがその咄嗟の判断が試された場面であったのだろう。
ぶっちゃけ傍で見ていても、どっちの動きも早すぎてなにがなんだかわからなかったが……。
まあ、それだけ海外では命の危機に関わる修羅場が多いということで、逆に日本人などは地震が起きても平然としていられるのに対して、地震のない国からきた旅行者などはパニックになるそうなので、結局のところ慣れの問題で、俺もこの世界にいるうちに慣れるだろうし、魔物相手にも戦えるようになるだろう……いや、『命大事に』が俺のモットーなので、まずは逃げ足を鍛えるのが先だな……うん。
とりあえずこの重くて履きづらい靴は邪魔なので(その代わり金盥を蹴った時には良い音がしたものだ)、さっさと足元だけでもスニーカーに履き替えるようにしようと思う。
そんな風に思案していたところ、呆然と立ちすくんでいるように見えたのか、斬撃の衝撃によってぽっきりと折れた俺の剣を眺めて、少女は申し訳なさそうな表情で肩を落とすと、倒した魔狼には目もくれず、(逃げ遅れた)俺の方へと歩いてきて、やにわガバリと頭を下げた。
「申し訳ない! 借りた剣を折ってしまった。私の未熟ゆえの失態です。謝って済むものではないですが、まずは謝罪をしないと気が済みませんので、どうか謝らせてください。本当に申し訳ございませんでした!」
目の前で恐縮しきっている少女――自分より一、二歳年上に見えるが、実際のところは同い年か下手したら年下かも知れない――を相手に思わず、
「いえいえ、こちらこそ安物の剣で申し訳ありませんでした」
日本人的に反射的に謙譲の美徳を発揮して頭を下げる俺。
いえ、なんといっても壊したのは私ですから。
いや、お陰で助かりましたし。
そんなことはありません。助かったといえば私の方です。
いやいや――。
いやいやいや――。
と、お互いに頭を下げまくるという日本的な風景が、異世界の街はずれで起こったのだった。
「ともあれ、壊した剣については弁償させてください」
このままでは話が進まないと見たのか、少女がそうはっきり言い切った。
「いや、でも――」
「〝でも”はなしです。借りたものを壊したのだから当然です」
俺の反論を制して断固たる口調と態度を崩さず、真っ直ぐにこちらの目を見て離さない。
曲がったことが嫌いな性格なのだな、と好感をいだいた。
こっちの人間は俺の知る限り、例えば――
「粗茶ですが」
と言ってお茶を出すと、
「お前は客に粗茶を出すのか?」
と嫌味を返して手を付けない……といった塩梅で、日本的な遠慮や謙譲という意識が希薄かと思っていたのだが、そのあたりは(当たり前だが)ひとそれぞれということだったらしい。
俺としてはこの世界のこの国に対して『無理やり異世界から拐ってきた子供を洗脳して兵士に仕立て上げる悪の独裁国家』という認識でいたため、実行犯ではないにしろこの国の国民も『直接恨みはないが、かといって好意は持てないろくでない』と思って、どうやら俺も悪しき先入観にとらわれていたようだ。反省反省。
「とはいえ、重ねて申し訳ありませんが、魔狼の後始末があるのですぐに買い直しに行けるものではありません。ですので後日改めてということで、どちらにお住まいですか?」
「いや、住まいはなくて住所不定なんだけど……」
改めて口に出すと浮浪者じゃん。情けない。
「旅行者ですか? まだ宿は決まっていない? なら、いま私が泊っている『明け方の雄鶏亭』という宿屋においでください。『シルフィの紹介だ』と言えば部屋も用意してもらえるはずです。あ、無論今回のお礼を兼ねて宿代は私が持ちますから」
そう彼女が提案した途端、またもや目の前に半透明のウインドウが立ち上がった。
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[交換]鋼の中剣(中古品)⇒宿屋・明け方の雄鶏亭(宿泊)
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書籍化作業が難航しているため、2~3日そちらに集中いたします。