プロローグ3
ともあれスキルを検証するため、俺は市場の外れでステータス画面を前にして、あーだこーだと適当にいじくっていたが。
「お――?!」
[所持品]の欄の個別アイテムをクリックすると、突如として目の前にある通りに半透明の矢印が延々と浮かんで[➡➡➡]、あるところまで到達すると特定の人物の頭の上に青い逆三角形が現われて、クルクルと回って[▼]『ここが目的地』とでもいうように指し示すことに気が付いた。
「……なんつーか、ゲームのチュートリアル画面みたいだな」
思わずぼやく俺。
なお、矢印や逆三角形は[所持品]の希少度に比例するようで、中古品では腕くらいの太さで、希少品では狭い通りいっぱいを占めるほど大きく表示されていた。
それと価値なしと記されたものは対象とならず、金貨に関してはそこらじゅうに黄色い逆三角形が表示されたところから、貨幣は要するに均等な価値があるということなのだろう(当たり前だが)。
ともあれ、この青いラインに沿って動いたらどうなるのか?
ゲームならチュートリアルの通りに動かないと、ステージが終わらないのだが、まさかそんなことはあるまいと思いつつ、とりあえず試しに『鋼の中剣(中古品)』が指す方向にぶらぶらと歩いてみた。
途中で武器を扱っているらしい露天商の店主の頭の上に黄色いクルクル[▽]が回っているのを散見したので、試しに剣を買い取ってもらえないか聞いてみた。
「――う~ん、質は悪くないが刃こぼれがひどいな。まあ、大負けして銅貨七十五枚なら買い取るよ」
「こりゃ鋳つぶして包丁にでもした方がマシだな。銅貨七十ニ枚でどうだい、兄さん?」
「こしらえ自体はいんだけど、手入れが悪すぎる。修繕して銀貨一枚半。このままなら銅貨八十枚だね」
以上、だいたいの評価は似たり寄ったりである。
まあ、これが真っ当な評価で、まだしも足元を見るような悪徳商がいなかっただけましというものだろう。
ちなみに修繕するとなると、「本体に亀裂が入っているので、打ち直しに銀貨一枚。十日ぐらいかかるな」ということで、金額的にも日数的にも到底無理な数字であった。
そんなわけで何が起きるか期待を込めて、小学校の校庭に引かれる白線程度の太さが示された、チカチカ光る矢印に従って先に進む俺。
――どーでもいいが、これ街はずれまで続いていないか?
そう先行きに疑念を抱いたところで、市場の端の方で不意に「うわっ!」という騒ぎが巻き起こった。
「魔獣だ! 檻に入れてあった魔獣が暴れて逃げたぞーっ!」
「誰か! 兵士か冒険者を――」
「うわあああああああああああっ!?!」
あ、やべえ。逃げないと! と思ったのだが矢印はまさに騒ぎの真っただ中を指している。
いやいや、小学生の時以来殴り合いの喧嘩もしたことがないし、コンビニ前にたむろするDQN相手にもぶるって目も合わせられない俺には無理!
慌てて俺も逃げようとしたところで、騒ぎの中心から女の子の声が響いてきた。
「ちっ、剣が折れた。あと少しでとどめを刺せるのに。――誰かっ、剣を持っていない!?」
反射的に振り返った俺の目と、すっかり通行人や露天商が退避した街はずれの広場で、漆黒の狼(ただし体長が虎ほどもあり、額の真ん中から一本の角が生えている)と、俺とほとんど変わらない年代の金髪をポニーテールにした少女の目とが交差した……ような気がした。
そして女の子の頭の上にはこれ見よがしの青いクルクル[▼]が回転している。
「――Oh……!」
根元から折れた剣のグリップだけ持っただけの切羽詰まった少女の眼差しが、俺の腰に下げている剣に向けられている。
これで無視したら男……いや、人間じゃねーな。
秒で覚悟を決めた俺は、その場に踏みとどまって腰の剣を鞘ごと外して、へっぴり腰で両手で水平に構えて、
「ほらよ!」
少女に向かって力一杯放り投げた。
「ガウウウウウウウウウウウウウッ!!」
剣を取るために視線を外した少女に向かって、角付き狼が襲い掛かる。
ほとんど考えることなく、俺は足元に転がっていたタライを足で思いっきり蹴り飛ばした。
ガランガランガラ~ン!
真鍮製のタライから鳴り響いた騒音に、ビクリとした様子で(文字通り)狼が狼狽したその一瞬のうちに、剣を空中で掴み取った少女は、剣を抜き打ち様、伸びあがった狼の無防備な腹に俺の剣を突き立て、そのまま三枚におろす勢いで、威勢よく縦に振り抜きながら交差する。
もともと中古品で見えない傷も入っていた剣は、狼にとどめを加えるのと同時にポキリと中ほどからへし折れたのだった。