プロローグ2
「開拓資金として金貨十……いや、五枚と、武器防具を与える。どれでも好きなものを選ぶがいい。それと陛下の恩情により、お前……貴殿がもともと着ていた衣服と靴は下賜されることになった」
王城から出て騎士の訓練所に連れてこられた俺は、明らかに使い古してへたった武器防具が乱雑に詰め込まれた倉庫へ案内された。
文官は淡々とした口調で、懐から金貨が入った革袋を取り出し――直前に半分抜いて、自分のポケットに収めるという、露骨な横領の現場を目の当たりにし――たが、クレームをつけても黙殺されるか、下手をすればあらぬ冤罪を付けられるのがオチなので、俺は黙って受け取った。
ちなみにこの国では金貨一枚で、だいたい職人のひと月分の収入になるらしい。
江戸時代の小判一枚くらいの価値か?
そう考えれば金貨五枚あればそこそこ暮らしていける程度の手切れ金だが、身ひとつで国を作る建国資金と考えると、まだしも雀の涙のほうがマシな分量である。
ついでとばかりズタ袋に入った高校の制服一揃い(ブレザー、スラックス、ワイシャツ、ネクタイ、Tシャツ、ボクサーパンツ、スニーカー)を下賜(どうやら元の持ち物も俺に所有権はなかったらしい)された。
(――助かった。こっちの靴は重いわ固いわ滑るわで邪魔だったからな)
スニーカーがあることにほっと安堵しながら、他の衣装はどうするかと考えて、さすがに王都や町場では悪目立ちしそうだが、縫製技術や着心地ではいま着ている麻の服よりもよっぽど楽なので、人気がないところで着替えることにする。
(なんかの漫画では、スーツ姿が砂漠とか過酷な環境で一番マッチしているとか描かれていたからな。ジャケットとスラックスも似たようなものだろう)
それから武器のうち比較的マシそうな剣と短剣、防具に関してはサイズが合うのを適当に見繕ってその場で装備した。
まあ、こっちに拉致されて後、軽く戦闘訓練は受けたものの「あまりセンスはないな」という指導教官の一言で、適当に流す程度にしかやってないが、こうして武器防具を付けると、なんとなく漫画やラノベに出てくる冒険者になったような気がする。
なんなら魔境に行った――という名目だけつけて、しばらく王都に滞在して冒険者でも始めようか。
とか思った俺の下心を察したようなタイミングで、文官が箱に入った書類を放るようによこして、ついでのように付け加える。
「こちらが件の魔境【魔龍の巣穴】を開拓する権利を記した公文書で、こちらが国境の関所を抜ける通行証。なお、半月以内に関所を通過しなかった場合、反逆者として即座に死罪になるので、さっさと準備を整えて出発することだな。天気が良くても馬車で十日はかかる」
「……まるっきり流罪じゃねーか……」
なにがなんでも俺を魔境へ放逐したいらしい。
自分らで勝手に拉致しておいて、役に立たないとなったら抹消か。改めて人権とか人命など何の価値もない世界なのだと、げんなりしながら受け取った書類を制服の入っているズタ袋に突っ込んだ。
「以上だ。質問は――ないだろうな?」
そう言ってさっさと出ていけ、とばかり「シッシッ」と手で追い払われ、色々とツッコミや恨み言もあったものの、ため息ひとつついて黄昏れながら、俺は一年を過ごした王城をあとにした。
正門は使えないので、当然のように裏門へまわって、番兵に胡乱な目で見られながらのろのろと足を進めて、城の外へ出た――途端、
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[名 前]森崎悠生
[職 業]神聖ナバロ教国所属戦奴→開拓民(平民)
[特 技]《特別能力》【わらしべ長者】(Lv1)<条件に合致しましたので解放されました。
[所持品]麻の服(廉価品)、麻のズボン(廉価品)、革靴(中古品)、麻のパンツ(価値なし)、神聖ナバロ教国金貨五枚、革袋一枚(豚の革)、ブレザー(異世界の服・希少)、スラックス(異世界の服・希少)、ワイシャツ(異世界の服・希少)、ネクタイ(異世界の装飾品・希少)、Tシャツ(異世界の服・希少)、ボクサーパンツ(異世界の服・希少)、スニーカー(異世界の靴・希少)、任命書、通行証、ズタ袋(帆布・廉価品)、鋼の中剣(中古品)、鋼の短剣(中古品)、ブレスプレート(アーマーボアの革・廃棄一歩手前)
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「はぁ⁇ ――なんだこりゃ!?!」
いきなり目の前に半透明のステータス画面みたいなのが現われた。
つーか、記載されている内容の一点、『《特別能力》【わらしべ長者】(Lv1)<条件に合致しましたので解放されました。』という文言に目が釘付けになる。
これは、つまりついに俺の《特別能力》が発動したってことか!?
一瞬、王城に取って返して報告しようかと思ったものの、突然ひとりで騒ぎ出した(どうやらステータス画面は他人には見えないらしい)俺の奇行を前に、槍を構えて野良犬でも追っ払うような姿勢になっている番兵たちの態度と顔つきを見て、即座に浮かれた気持ちはしぼんだ。
(あー、やめやめ、こんなところにいられるか)
つーか、俺の――いや、召喚された俺らの立場って、『戦奴』奴隷扱いだったのかと愕然とした。
さんざん異世界から来た勇者だ英雄だと持ち上げて置いて、実態はコレかよ。ならまだしも解放された平民の方がマシだわな。
そう考えて、荷物を抱えてさっさとこの場からオサラバしたのだった。
王城のある区域は貴族や富豪が暮らす一等地で、やたら広い庭付きの邸宅が立ち並んでいる。
みすぼらし格好をした俺は明らかに浮いているので、足早に市壁を通り過ぎて、さらに上流階級が暮らす石と煉瓦造りの街区を抜け、ようやく俺のいまの格好でも違和感を感じさせない、市場が並ぶ王都の外れ近くへと到着した。