複雑な気持ち
……あれ、地面がない? 私、浮いてるの?
慌てて私に手を伸ばすミランと、アレクシス殿下が遅い速度で見えた。おそらく、実際にはそんなに遅くないのだろうが、全てがゆっくり見えた。
ああ、そっか。階段の傍にいたから落ちちゃったのね。怪我しないように、受け身をとらないと――。
「!」
けれど受け身をとるよりも早く、宙に浮いていたはずの足が階段に触れた。誰かが後ろから支えてくれたのだ。
「大丈夫!? 怪我はない?」
そう心配そうな顔で尋ねてきたのは、ルドフィルだった。
「……ありがとうございます、ルドフィル様」
ルドフィルは、ひとまず私に怪我がないことを確認し、心配そうな顔から厳しい表情をした。
「それで、これはどういうことかな? 踊り場からは、ライモンド嬢が突き飛ばしたように見えたけれど……」
いつも穏やかなルドフィルらしからぬ厳しい口調に、アリーシャはびくりと震えた。
「ち、違うの。私は、ちょっと突き飛ばしただけで、階段から落とすつもりは……」
たまたま、後ろが階段だった。そう続けるアリーシャは、途中から涙ぐみだした。
「ルドフィル様、怪我もなかったですし、そもそも事故です」
そんなに怒ったルドフィルを見るのは久しぶりなので戸惑いながら、そう言う。
「……二階で騒ぎになっていると生徒会役員に連絡があったんだ。今のことが事故だとしても、中心人物であるライモンド嬢たちには話を聞かなきゃいけない」
そう言って、ルドフィルはアレクシス殿下を見た。
「アレクシス殿下にもお話を伺っても?」
「……ああ」
神妙な顔でアレクシス殿下は頷いた。そしてその後にルドフィルは、せっかくの星集め祭なので、イベントに戻るように、と他の生徒たちに告げた。
生徒たちは、ひそひそと囁きながら、プレートを探し始めた。私も、そうしようしようとして、ルドフィルに捕まった。
「ブレンダ、本当に怪我はないんだね?」
念押しされて、大きく頷く。楽しかった気分は少ししぼんでしまったけれど、それでも残りのイベントを楽しみたかった。
「わかった。……それならカトラール嬢と、楽しんでおいで。カトラール嬢、ブレンダをよろしくね」
「はい、もちろん」
ミランも頷いたのを確認して、ルドフィルは何やらアレクシス殿下たちと話しだした。なんとなく、二階は探しづらくなってしまったので、ミランと一緒に一階に移動する。
「ブレンダさん、本当に大丈夫?」
ミランは心配そうな顔で私を見つめた。
「はい、ミラン様。先ほどは、助けようとして下さって、ありがとうございます」
ミランの手はわずかに届かなかったけれど、それでも咄嗟に助けようとしてくれたのは伝わった。
「いいえ、当然よ。でも、あなたに怪我がないなら、本当に良かった」
ミランの笑みにつられて、私も笑顔になる。
……でも、どうしてアリーシャは私を突き飛ばしたんだろうか。そう考えて、友人が言っていたことを思い出した。
『……彼女には気をつけたほうがいいわ』
『なぜですか?』
『私ダンスパーティで見てしまったのだけれど……アレクシス殿下をダンスに誘って、お断りされていらしたから』
今回の件で確信した。本人の意思か実家の意思かわからないけれど、アレクシス殿下の婚約者の座を狙っている。
それなら、以前はアレクシス殿下の婚約者で、ダンスパーティで一緒に踊った私が邪魔に見えても、仕方がないかな。
……でも、アリーシャ・ライモンド伯爵令嬢。アレクシス殿下の婚約者になるかもしれない人。
アレクシス殿下に恋をしている私は、複雑な気持ちだ。でも、私がアレクシス殿下の婚約者の座に再び収まろうと思う気持ちはなくて。
だからアレクシス殿下が幸せになれるなら、この胸の痛みも忘れてしまえる。
「ブレンダさん?」
考え込んでしばらく黙った私を、ミランが心配そうな顔で見た。
「いいえ、星集めに戻りましょう!」




