違和感
……いもうと。私が知らないだけで、いもうとという言葉には妹、すなわち、年下で女の兄弟や兄弟の結婚相手をさす以外の意味があるのかな。
頭の中で疑問ばかりが駆け抜けていく。
「ええと」
「突然で、困らせてしまったわよね……」
はい、それはもう。なんて思っても、シルビアの憂い顔を見ると、こちらの方が悪いような気がしてくる。彼女の表情には、それだけの威力があった。
「ほら、わたくしの家はわたくし以外男兄弟しかいないでしょう?」
……確かにシルビアのタロット伯爵家は、子息が多い印象がある。
「だからね、ずっとずうっと、いもうとが欲しかったの!」
そう言いながらも塗料を塗る手は止めない。
「ですが、私は平民ですし……」
平民である私が、貴族であるシルビアを姉と慕うのはちょっと。
実際血の繋がりがあるルドフィルならともかく、彼女とは血の繋がりもない。何の憂いもなく彼女を姉と呼ぶ方法があるとするならば、彼女の兄弟と結婚すること、あるいは、彼女の家の養子になることだろう。
でも、第二王子であるアレクシス殿下に婚約を解消された私を嫁や養子に貰おうなんて思う奇特な貴族がいるはずない。
「その謙虚なところもあなたの長所ね」
「いえ、謙虚というか……」
事実だ。
「とにかく、わたくしのことを姉のように思ってほしいわ!」
……なるほど、実際にいもうとになるのではなく、姉のように思う。……それならって、いやいやいや、いきなり他人をそんな風に思うなんて無理だ。
「ええと……む──」
「たしかに、いきなりこんなこと言われても困るわよね……」
シルビアはあからさまにしょんぼりした。とっても残念そうで、胸が痛む。
「……そうですね。いきなりはむずかしいかもしれませんが、少しずつなら。私たちまだお互いのことを知らないので、少しずつお互いを知っていきませんか?」
「! ええ! ええ、もちろんよ」
きらきらした笑みはまるで、それこそ星のようだった。その後は色々なお話──好きな食べ物など──をしながら、塗料を塗っているうちに、時間は過ぎていった。
◇◇◇
塗料を塗るのが終わったときは、すっかり日も落ちてしまっていた。
シルビアから教わったのだけれど、星集め祭では一位になったペアは、同性なら親友に異性なら恋人同士になることが多かったらしい。
なにかの行事の後は、恋人ができやすいっていうものね。私がアレクシス殿下に恋に落ちたのも、かくれんぼの後だし。
なんてことを考えながら帰る支度をする。そのときに違和感を覚えた。
あれ? そういえば、なんで私は、アレクシス殿下のことを好きになったんだっけ。
それは……なんとなくだったはずだわ。
なんとなく、アレクシス殿下のことが好きだなってなって、それで──。でも、人を好きになるのになんとなく、ってあるのだろうか。もっと明確な理由がないのって変じゃないのかしら。
ううん、理由のない恋だってあるはず。だって、ジルバルトが恋は、落ちるものだって言ってたもの。
「……そう、よね」
「どうしたの?」
「!」
勝手に一人で納得していると、突然話しかけられ驚いた。
「あ、ルドフィルさ──……ルドフィル」
辺りに私たち以外いないのを確認して、その名を呼ぶ。どうやら、他のみんなは帰ったようだった。
「うん。ブレンダが深刻な顔して考え込んでるからどうしたのかなと思って」
「ううん、大したことじゃないの」
「……そう?」
「うん」
頷いていると、ルドフィルが送るよと言ってくれた。外はもう暗いのでありがたくその提案を受け入れる。
ルドフィルと、帰りながらふと思った。
でも、ルドフィルがこんな私を好いてくれたのには理由があったのよね。なんとなく、じゃない。でも、それはルドフィルの恋だ。私の恋じゃないものね。
……気にしても仕方ないかなぁ。
そう結論付けた私は、もう寝る頃には違和感のことなんてすっかり忘れてしまったのだった。




