違わない
「あー、あれもだめ! これも……ダメね」
……はぁ。こんなことになるのだったら、もっと綺麗な服を買い込んでおけばよかった。
私は目の前に広がる服の山──といってもかなり小さい──を眺めて溜め息をついた。
一人でする着せかえ人形ごっこも疲れちゃった。
「でも、もう、この中から選ぶしかないのよね」
初めて出来た好きな人との、お出かけ。……緊張しないはずがないし、服が簡単に決まるはずもない。……それでも、決めないといけないんだけど。
そういえば、まだミランに私が好きな人が出来たことを伝えていなかった。
私のアレクシス殿下への恋心は誰にも知られてはいけない。だから、あまり多くの人に恋をしたこと自体を言わないほうが良いとは思う。……もう、すでにジルバルトにもルドフィルに言ってしまったけれど。
それでも、ミランには、きちんと伝えておきたい。
明日から休日だからもう眠ってしまっている、かもしれないけど。
ミランの部屋の扉の前に立つ。ノックをすると、ミランが出てきた。良かった。まだ、起きていたみたい。
「……あら、ブレンダさん」
夜に珍しいわね、と微笑みながら笑ったミランに若干緊張しながら、用件を話す。
「こんばんは、ミラン様。夜分に申し訳ありません。実は、お話ししたいことがありまして」
「そうなの? では、いらして」
ミランに手招きされ、部屋の中に入る。
ミランの部屋は、クリーム色で統一されている。
何度かお邪魔したことはあるけれど。
……ミランの部屋は、やっぱり落ち着くなぁ。
「ブレンダさん?」
「いえ──。改めて素敵なお部屋だと思っていたところです。ミラン様らしい、暖かみのあるお部屋ですよね」
そういって笑うと、途端にミランは顔を真っ赤にした。
「ほ、誉めてもなにもでないわ!」
ううん、ミランのとても可愛らしい顔が見れた。──という言葉は胸の中にしまっておくとして。
ミランに促され、ソファに座る。
「それで……どうなさったの?」
「実は……私」
そこで、一度言葉を切ってミランを見つめる。ミランは不思議そうに瞬きをした。
「私、好きな人ができたのです」
ゆっくりとそう言って反応を窺う。ミランはすぐに微笑んだ。
「そう……なのね」
「はい。ミラン様にどうしても伝えたくて」
ミランは教えてくださって、ありがとう、と笑い、それから続けた。
「……何度か、恋についてブレンダさんに聞かれたことがあったわね。だから、あなたは恋をすることを恐れているんじゃないかと思ってたわ」
さすがミランだ。よく見てる。
「……でも。恋を、したのね」
「……はい」
私が頷くと、ふわりとミランは微笑んだ。
「相手が誰かは聞かないでおくわね。きっと、秘密なのでしょう?」
「!」
そんなところまで、お見通しなのね。心の中で驚いていると、ミランは悪戯っぽい表情をした。
「わかるわ。……大親友だもの──っ!」
感極まった私は、ミランに抱きついた。ミランもそっと抱き締め返してくれる。
その温もりを感じて、私はとても幸せだと思った。
◇◇◇
今日は、アレクシス殿下とのお出かけの日。
私はそわそわしながら、鏡の前に立っていた。
服は結局ワンピースにした。赤、藍、緑、グレーなど、色んな色の小花があしらわれたそれは、それなりは似合っている……と思う。
「……よし」
髪型は悩んだ挙げ句、以前やってみた、髪型──馬の尻尾のように見える──にした。
頭を振ると、髪もゆらゆらと揺れてとても面白い。
でも、今日はその髪型を楽しめる余裕はなかった。
「服……も変じゃない。髪型も、うん、変ではないわ。あとは──」
薄く、桃色のリップをぬると、いつもより血色が良く見えた。
「うん、これとあとは──」
学校指定のローファーよりも、少しかかとの高い靴を履いて、完成だ。
鏡に映る自分を見る。
「……むむ」
気合い入りすぎかな?
うーん。でもドレスではないから、ぎりぎり大丈夫?
「……大丈夫、っていうことにしよう」
そう決めて、自室を出る。アレクシス殿下は時間に厳格な人だから、きっと、約束の時間通りに門前に来るだろう。
あまり目立つといけないから、少し早いけれど、先に門前に行って待っていよう。
門前で待っていると、しばらくしてアレクシス殿下がやってきた。
「ブレンダ、待たせてしまったな」
そう言うアレクシス殿下は、いつもの髪型を崩している。それでもどこか上品さがあった。
「……ブレンダ?」
呼び掛けられてはっ、とする。完全に見惚れていた。
「いえ。なんでも……」
ない、そう続けようとした言葉は、急に詰められた距離に驚き、消えた。一歩下がると、また一歩距離を詰められる。
「──」
アレクシス殿下は、無言で私を見つめていた。
そして、そっと囁いた。
「ブレンダ、とても似合ってる。その髪型も、服も」
それに、いつもよりも顔色がいい。そう付け足して、アレクシス殿下は穏やかに微笑んだ。
「私のために、準備してくれたんだな」
「ちっ、ちが……!」
違う、って言わないと。これではまるで好きみたいだわ。いえ、でも、一緒にでかける人のことも考えて準備するのは、当然だし。
「違うのか?」
残念そうに、眉を下げたその表情を見ていたくなくて。
「……違い、ませんが」
ほんの小さな声で言った言葉は、どうやらアレクシス殿下に聞こえたようだった。
「そうか。……嬉しい」
アレクシス殿下は、また、あの穏やかな表情をした。その表情は好きだけれど、好きじゃない。胸がきゅっと苦しくなるから。
「では、行こうか。……ブレンダ」
アレクシス殿下にエスコートされ、歩きだした。




