無理
「……私の好きな人は」
私の、好きな人。つまり、アレクシス殿下が私にとってどんな人かっていうことよね。
数年間婚約者として過ごしたから、私が知ったつもりでいて、実は全く知らなかったアレクシス殿下。
今の私から見る、アレクシス殿下は――。
もちろん、恋をしているから、何割増しかイメージが増大している可能性は否めないけれど。
以前、私のために地位を全て捨てると言ったときは驚いたし、そんな無責任な人だとは思わなかったとがっかりもした。
でも、今のアレクシス殿下は、そんなことしなさそうに見える。
ずっと努力を続けているアレクシス殿下は、けれど王太子殿下の陰に隠れていた。
でも、最近のアレクシス殿下は、とても満ち足りているような表情をしていることが多いと思う。
「素敵な、方だと思います」
「……そっか」
「はい」
ジルバルトは続けて尋ねた。
「ブレンダは、今、幸せ?」
そう尋ねられて、何故かふいに息が詰まりそうになった。
幸せ。
幸せじゃないはずない。ミランを始めとした優しい友人たちがいて、気にかけてくれる従兄がいて、面倒見のいい先輩がいて。
そして――好きな人がいて。
それなのに、何故だか即答できずに、テーブルの下で手を握りしめた。
「ブレンダ?」
心配そうな顔で首を傾げたジルバルトに、はっとする。
「い、いえ。何でもありません。……幸せですよ」
慌ててぶんぶんと首を振った。これではまるで、幸せじゃないみたい。
ううん、でも私は幸せだもの。……そのはず。
「ブレンダ」
ジルバルトは私の名前を呼んだ後。ゆっくりと言った。
「ブレンダ、『幸せであること』は義務じゃないんだ」
「義務じゃない……」
うん、そうだよ。そう言って、ジルバルトは、目を伏せた。
「まぁ、こんな質問をしたボクが言うのもなんだけど。幸せであることは、義務じゃない。もちろん、ブレンダが幸せだったら嬉しいけどね。じゃあ、ボクが何でそんなことを聞いたのかって言うと」
優しく微笑んでジルバルトは言う。
「ブレンダがさ、無理してないか心配になっただけ。図書室で話したこと覚えてる?」
「はい、それはもちろん――」
だからこそ、ジルバルトに話したいと思ったんだもの。
「それはよかった。ボクはいつでもブレンダの味方だよ。それをどうか忘れないで」
◇◇◇
超・特別メニューを食べた後は。午後の授業を受け、帰路につく。
今日は生徒会の仕事はお休みだった。そんなとき、いつもなら喜んで図書室で放課後を過ごすのだけれど。今日はなぜか、そんな気分になれなかった。
超・特別メニューはとても美味しかった。
さすが、超・特別メニューと名がつくだけはあって、学園ではなかなか食べられない、フルコースだった。
ちゃんと給仕の方もついてくれた。
でも、心の中に一番残ったのは、無理をしなくていい、という言葉だった。
私は、無理をしているのかな。
……わからない。
自分のことなのになぜかはっきりとはわからずにもやもやする。
そんな時だった。後ろから、誰かに呼び止められる。
「ブレンダ」
慈しむような声に、体の温度が上がる。どくどくと心臓の音がうるさい。自分の体なのに、制御がきかない。
だって、だって、この声は――。
「アレクシス、殿下」




