私にとって
──私にとっての、アレクシス殿下。
そんなこと聞かれたことがなかったから、少し驚く。
「私にとってのアレクシス殿下は、支え、共に歩んで行くべきひと……でしょうか」
こういった答えをミランが求めているわけではないとわかっていたけれど、咄嗟にでてきたのは模範的な解答だった。
「……そうよね。ごめんなさい、おかしなことを聞いたわ」
「いいえ」
その後は、他愛もない話をして女子寮まで歩いた。
◇ ◇ ◇
自室に戻って考える。私にとってのアレクシス殿下。
水色が好きで、虫が苦手で、幽霊を信じていて、剣が得意。ピアノは上手なのに、ヴァイオリンはからっきしで、緊張すると頬をかく癖があって、照れると早口になる。
その他には……。
「これはただの特徴だわ……」
もっともらしく、特徴を並べてみただけだ。
私にとってのアレクシス殿下。あるとするならば、それは。
本当はひとつだけ、アレクシス殿下に、思っていたことがある。幼稚すぎて、ミランには言えなかった。
「……私を一番にしてくれるかも知れない人」
もちろんそんなことはなかったけれど。
鏡を見る。
淡い水色の髪は、肩の高さで切り揃えられている。
鏡に向かってにっこりと微笑んだ。
──平民になった今の私は、私のことが一番好きだ。
「……誰かの一番じゃなくても、私の一番ならそれでいいわ」
◇ ◇ ◇
翌朝。
陽光で目を覚ます。
「今日も一日頑張ろう」
特に勉強は手を抜くわけにはいかない。好成績の維持が、特待生の条件だ。
そういえば、この学園は、ホームルーム前の時間も図書室が開放されていると聞いた。
今日は、図書室に行ってみよう。
身支度を整えて、図書室へ向かう。
今日は昨日よりも早い時間にでたせいで、すれ違う人も少なく、好奇の視線にはさらされなかった。
図書室の扉をあける。
「……わぁ」
図書室に入ると、その蔵書に圧倒される。
今日は勉強が目的だけれど、今度は本をかりにくるのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、自習用に設けられたスペースの一角に座ろうとしたときだった。
「……そこ、ボクのお気に入りの席なんだけど」
不機嫌な声がして、顔をあげる。声の主は、私より二学年上の男爵子息だ。ちょうど窓から心地よい日差しが差し込むこの席は、お気に入りというのも頷ける。でも。
「あなたのお気に入りの席だとしても、私のほうが早かったので」
私がきっぱりとそう言うと、その男子生徒──確か名前はジルバルト・ローリエだ──は、舌打ちした。
「特待生サマに、勉強とか必要なわけ? そうだとしても、勉強がより必要なのはどう考えても、三年のボクのほうだろ」
確かに三年生になると、学ぶこともより複雑になると聞く。
「自習スペースはこの席だけではありませんし……、それか、隣に座ったらいかがですか?」
隣の席は開いている。私が座っている席には劣るけれど、いい席だ。
「ボクがあんたの隣に?」
相変わらず不機嫌そうだけれど、こうしている間にも時間がへっていくことに気づいたのか、ジルバルトはしぶしぶ隣に座った。
……さて。
勉強しよう。
問題集を解いていると、髪がこぼれ落ちてくる。何度も、髪を耳にかけることになった。
……この長さの髪は結うにしても、中途半端なのが難点ね。
そう思っていると。
「……あげるから、使ったら」
隣のジルバルトがため息をつきながら、三角状のよくわからないものを渡した。
「これ、なんですか?」
「……『クリップ』だよ。平民の間で流行ってるらしいけど。……こうして使うんだ」
私の左の髪を耳にかけると、ぱちりと三角状のクリップで私の髪をとめた。
「……すごい」
こんなに便利なものがあるのね。
「ありがとうございます」
笑顔でお礼を言うと、ジルバルトは一瞬だけ驚いた顔をしたあと、すぐに視線をそらした。
「……別に」
けれど、その耳はわずかに赤いように見えた。
それっきり勉強に戻ってしまったので、私も集中することにした。