恋する瞳
鏡の前で、おかしい所がないかいつもより念入りに確認する。
「……大丈夫」
口ではもう大丈夫、と言っているのに、目はせわしなく動いている。
「……私らしくないわ」
思わず苦笑して、こうなってしまった原因を思い浮かべる。
「っ!」
途端にかぁ、と頬に血が上るのを感じた。
想像するだけで、恥ずかしいわ。
あんなに恋を知らなかった、知りたかった、私が、恋をするだなんて。
「アレクシス、殿下……」
一音一音大切に発音する。私の好きな人の名前。初めて恋をした人の名前。
「……アレクシス殿下」
もう一度名前を呼ぶと、心の中からじわりとしたものが、沸き上がってきた。
その未知の感覚に、恥ずかしい様な、嬉しい様な、飛び跳ねたいような、不思議な気分になる。
「うう……、こんなに赤い顔ではアレクシス殿下に気づかれてしまうわ」
私が、アレクシス殿下に恋をしていることは、誰にも秘密だ。
いくら元婚約者とはいえ、私はただの平民で、アレクシス殿下は第二王子。身分があまりにも違いすぎる。
「でも、私、いつからアレクシス殿下を好きになったのかな……」
ふと、口に出た疑問に首を傾げる。何となく、好きだなと思ったのはかくれんぼのときだ。でも、それも何となくで、何か劇的な変化があったわけじゃない。
以前の私は、アレクシス殿下の好意を、迷惑だとさえ思っていた。
それなのに、今では、私の方がこんなに恋をしてしまうなんて思いもよらなかった。
でも、どれだけ私が好きだと思っても、この恋は叶うことはない。
たとえ、幸運なことに、アレクシス殿下も私を好いて下さっていたとしても。
私が貴族に戻らない限りは、結ばれるはずもないし、結ばれるつもりもない。
ただ、毎日、いつもより念入りに身支度を整え、アレクシス殿下に出会ったときは、胸を高鳴らせるだけ。
それでも、十分だった。
こんな素敵な気持ちを味わわせてくれて、感謝している。
それに、ほっとしてもいる。
私は、父の様に暴走することはない。
大丈夫、この感情と付き合っていけるもの。
最後にもう一度だけ、鏡で姿を確認してから自室を出た。
◇◇◇
「おはよう、ブレンダ」
「ルドフィル様、おはようございます」
私に気づくと、女子寮の門の前で立っていたルドフィルは、微笑んだ。
私がアレクシス殿下に恋をしたことは誰にも、知られてはいけない。でも、ルドフィルには、好きな人が出来た、ということだけは伝えていた。
すると、ルドフィルは、私にその人とどうにかなるつもりがないことを確認し、それなら、まだ一緒に登校しようと言った。
その理由を尋ねると、ルドフィルは、苦笑して、「僕は案外しぶといんだよ」と言って続けた。
「ブレンダが誰かに恋をしたとしても。それでもブレンダが、いつか僕を見てくれるんじゃないかって。この一年間で、無理ならきっぱりと諦めるから」
一年間で無理なら、諦める。その言葉に押し切られるようにして、今も一緒に登校している。
「ブレンダ」
「? はい」
一緒に歩いていると、ルドフィルがこちらを見た。
「ブレンダはさ、最近以前にもまして可愛くなったよね」




