何を犠牲にしても
ブレンダの言葉に思わず、目を瞬かせる。……ブレンダ・スコットではない。
そんなこと――知っている。ブレンダはもう貴族じゃない。
「ですので、私は殿下のお気持ちには応えられません」
……それならば。
「私も平民になれば――」
「アレクシス殿下」
困ったように眉を下げ、それでも私から目を逸らさない。空を映したような瞳は、今は、私を私だけを映していた。
……嬉しい。
場違いだとわかっていても、この胸の高鳴りを誤魔化しようがなかった。ブレンダが私を見ている。私が執着した初めて、いや、私の全てが私を見つめていた。
頬に血が上るのを感じながら、私は言った。
「君は、貴族に戻りたいとは思わないのだろう。だったら、私が平民になる」
そうすれば、君とずっと一緒にいられる。君とずっと一緒にいられたなら、どんなに幸福だろうか。ずっと一緒にいて。そしていずれ家族になれたなら。
「……アレクシス殿下。五年間、私は殿下の婚約者として過ごしました」
私の夢想を破ったのは、静かな声だった。
「その五年間、アレクシス殿下のおそばにいて思いました。殿下は、この国の中枢を担うべきお方だと」
「……私は、そんな大層な人間じゃない。だから、ブレンダ」
君に、私のそばにいて欲しいんだ。
続く言葉に、いいえ、とブレンダは首を振る。
「アレクシス殿下、あなたは努力を続けられるお方です」
「私は兄上じゃない」
「存じております。私が今お話ししているのは、アレクシス殿下、あなたです」
「……努力、か。それでも、兄上には遠く及ばない。兄を立てる弟とよく周囲には言われたが、実際のところ兄に敵わない弟だ」
私がそう言うと、ブレンダは悲しそうな顔をした。
「アレクシス殿下、あなたはとても優秀で、素敵なお方です。――そのことを殿下の婚約者である間に。もっと早くにそうお伝えするべきでした」
そして、そうできなかった自分は、私に相応しくないのだと、ブレンダは続けた。
「だったら! 傍にいてくれ。傍にいて、私が私自身を信じられるように、ずっとそう言い続けてくれないか」
君さえいてくれれば、何もいらないんだ。
「それはできません」
「なぜ?」
「私は、今の私が気に入っています。……今の私にとって、私の一番は私なんです。ですから、アレクシス殿下には、もっとアレクシス殿下を優先する方のほうが相応しいと思います」
ブレンダの言葉を頭の中で反芻する。
だったら。
「……ブレンダ」
「はい」
ブレンダは、真っすぐに私を見た。一瞬、ためらいが浮かぶ。もしここでやめたら、私は、君に――。
『いいのか? 目の前で他の男に掻っ攫われても』
……そうだな。
頭の中で響いた声に、躊躇が消える。私は立ち上がると、一度ブレンダの手を離した。そして。
「『ブレンダ、私を抱きしめて』」
「!?」
ブレンダも立ち上がり、私に抱き着く。
――良かった。初めてだったが、ちゃんと効果はあるらしい。
「な、にを――」
「いい子だ、ブレンダ。『私を、見て』」
ブレンダの見開かれた瞳は、私だけを映している。それにひどく満足しながら、私は囁いた。
「『ブレンダ。……私に、恋をして』」
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
この話と次の番外編&エピローグで一章は終わりです。
もしよろしければ、☆評価、ブックマークを頂けますと大変励みになります!




