それだけの男
君に恋を、している。──ただ、それだけ。
それだけ、の、男だ。
「アレクシス殿下?」
君を見つめて動こうとしない私を君が、ブレンダが──不安そうな瞳で見つめる。その表情ひとつに、心臓がざわめく。
「いや、何でもない」
努めて穏やかな声になるようにしながら、微笑む。そうすると、ブレンダは更に不安そうな顔をした。
実際は何でもある。また、君の新しい顔が見られた。
あのとき──初めて私がブレンダに怒られた日。あのときも思ったが、幼い私が得ることを諦めたブレンダの表情はどれも魅力的だった。嘆き、不安、怒り、恐れ、そして喜び。君のどんな感情も私に向けられるなら、これ以上の幸福はなかった。
「それよりも、早く隠れよう」
私がそういうと、ブレンダは頷いた。今日は、教師たちが企画するかくれんぼが行われる。私とブレンダは、幸運なことに一緒に行動するペアだった。
ブレンダの手を取ると、一瞬体を強張らせたが、振り払うことはしなかった。
温かいその手の温もりを感じながら、私は隠れるのに最適な場所を探す。
今回の鬼である教師たちが捜索を開始するまで、まだ十分時間がある。
ペアで行動する、ということはそれだけ二人の時間が増えるということだ。一秒でも長く、君との時間が欲しい。
「ここはどうだろう?」
「そうですね、先客もいないようですし、丁度良さそうです」
私たちが選んだのは、運動用具室だった。用具室との名の通り様々な物が置かれている。気づかれないようにするために、用具の置かれた場所を動かさないことを気を付けながら、奥へ進んだ。
奥に着くと、二人で縮こまるようにして、座る。
「あの、アレクシス殿下」
「どうした?」
ブレンダの言いたいことが何となく分かっていながら惚ける。
「そろそろ手を──」
離して欲しい。最後まで ブレンダが言い終わる前に、手に込めた力を強くした。
「どうし……」
「ブレンダ、どうしても君がいいんだ」
空を映したような瞳は、戸惑いを浮かべている。
分かっている。この想いが君を困らせていることも。もっというと、迷惑であることも。
でも、この想いがある限り、そして、私がそれを伝え続ける限り、君は私を見てくれる。胸のうちにある感情を表してくれる。それならば、私がこの恋を諦める理由はない。たとえ、はっきりと応えられないと言われていても。
「……アレクシス殿下」
ブレンダはゆっくり私の名を呼んだ。
「私は、もう、ブレンダ・スコットではないのです」




