信頼
図書室のいつもの席にジルバルトは座った。私はいつもの席──ではなく、ジルバルトと向かい合うように座る。
「それで、どうしたの? ゆっくりでいいから」
何から、話せばいいのかな。
ジルバルトには、私の過去について話していた。だから、そこからかな。
「ジルバルト様には、お話ししたと思うのですが、私は『恋』に対してあまりいい印象がありませんでした」
「うん」
ジルバルトが、頷く。それを確認して、話を続ける。
「けれど、考えを少しだけ改めようと思う機会がありました。……有り難いことに、こんな私を好きだと、恋をしていると言ってくださる方がいたんです」
「……うん」
最初はルドフィルの告白に、戸惑った。そして、応えられないとも。でも。
「それで、『恋』について考え出すようになりました」
けれど、恋は、良いものなのか悪いものなのか考えれば考えるほどにわからなくなってしまった。
私がそう言うとジルバルトは、頷いた。
「そうだね。良いものか悪いものか、判断するのは、とても難しいね。……恋じゃなくても、何事も」
柔らかく微笑むジルバルトの藍色の髪に、夕日が当たってキラキラと輝く。
「ブレンダはさクッキー、好き?」
「……? はい」
突然かわった話題に驚きつつ、頷く。
「そっか。クッキー、美味しいよね」
「はい」
「でもさ、クッキーをものすっごくいっぱい食べたら、病気になっちゃうと思わない?」
確かに。虫歯になったり、糖尿病になったりする可能性もある。
「たとえがあまりうまくないけれど、恋もそれと一緒なんじゃないかな。使い方──恋の場合は気持ちの制御だね──を間違えれば、毒にも薬にもなる」
だから、その心一つなのだと言った後、ブレンダはさ、とジルバルトは続けた。
「大丈夫だよ。ブレンダのお父さんみたいには、ならない」
深紅の瞳は、真っ直ぐに私を見つめていた。ルドフィルもそう言っていた。でも、本当に?
恋をした私は、その感情のままに誰かを傷つけはしないかな。
「ボクの命を懸けても良いよ」
「!? そんな、簡単に……」
「軽はずみじゃない。ボクは、ボクの見る目を。そして、ブレンダ自身を信じてる」
──それは、掛け値なしの信頼だった。
どうして。私は、その信頼に値する人間なのかな。
そこまで言われてもまだ、勇気が持てない私は、俯く。
「ねぇ、ブレンダ」
「……はい」
ジルバルトはいつの間にか私の近くに立っていた。
「答えを焦る必要はないんじゃないかな。恋は、落ちるものだって、前に言ったの覚えてる?」
「はい」
ブレンダが、恋をしたくないのなら、無理に恋をする必要はない。気づいたら、恋をしていた、恋なんてそんなものだとジルバルトは言った後──。
「ブレンダがどんな選択をしても。どんな恋をしても、しなくても。ボクはブレンダの味方だよ。……これだけは、覚えておいて」
そういって、私の頭に優しく手をおいた。
なぜだろう。
その瞬間、なぜだか、とても泣きたくなった。
「ブレンダ?」
ジルバルトが心配そうな声で私の顔を覗き込む。どうしよう、我慢しなくちゃ。そう、思うのに。
──世界が滲んで、零れた。
ジルバルトは突然泣き出した私に、呆れるでもなく優しく言った。
「きっと考えすぎて疲れちゃったんだね」
そういって、そっと胸を貸してくれる。
……そうかも。
最近、いろんなことがありすぎて、頭が沸騰しそうだった。
それに、それにね。
「嬉しかったんです」
恋をしなくてもいいと、言われたことじゃなくて。
「ジルバルト様が私の味方だって、言ってくださって、すごく……嬉しかったの」
何だかこれ以上ないほど安心したんです。
恥ずかしくて、小さな声で付け足した言葉は、ジルバルトの耳に届いたらしい。
ジルバルトは、柔らかく少しだけ笑うと、頭を撫でた。
「うん。忘れないで、ボクはいつでもブレンダの味方だよ」
──ジルバルトは私が泣き止むまでずっと、頭を撫で続けてくれた。




