特別なこと(ミラン視点)
「それは──。そういえば、お礼を言うのを忘れていたわ。ありがとう、ブレンダさん。あのとき――私を助けてくれて」
◇ ◇ ◇
「あら。ブレンダさんじゃない」
夜会で私が彼女に話しかけると、彼女は、目を細めた。
「ごきげんよう」
貴族らしい微笑を張り付けてはいるけれど、そこに感情は伺えない。
貴族は、感情を抑えることが必要な場面は多々ある。
だから、彼女は間違っていない。でも、私は悔しかった。
私のことなんてまるで興味がないみたいに思えて。
「……っ」
悔しかった。
周囲からライバル扱いをされているのも、きっとブレンダさんは何も意識していないに違いない。
私の世界にはブレンダさんがいるのに、ブレンダさんの世界に私はいない。
そのことをとても腹立たしく感じた。
苛立ちを紛らわすように彼女の前から立ち去り、人気のないテラスでドリンクを飲む。
「カトラール嬢」
「なんでしょう」
名前を呼ばれて振り向くと、青年が立っていた。
確か、今年学年を卒業したばかりの――。
私が名前を思い出そうとしていると、青年は手を差し出した。
「カトラール嬢、どうか私と婚約していただけませんか?」
「申し訳ございませんがそういったお話なら、父を通してください」
全く交流もなかったのに、いきなり婚約を申し込むだなんて、私も低く見られたものね。
腹立たしく思いながらもその感情を押し殺すようして、微笑んだ、つもりだった。
――でも。
「!?」
立ち去ろうとした私の手を、強く掴まれる。
「……手を――」
「あなたまで……私を馬鹿にするのか、私は、こんなにもあなたを、あなただけを」
ぶつぶつと青年が呟くその目は虚ろだ。
それなのに、私の手を掴む力はぎりぎりと強さを増す。
「……っ、早く手を離して!」
私が、そういうと、青年は虚ろだった目をこちらに向けた。
「ああ、そうだ。ここで、いっそあなたを襲ってしまおうか――」
急に仄暗い光を宿した目に怯む。
そのときだった。
「ミラン様、御父上が探しておいででしたよ」
その声の主は、私たちの間にさり気なく割って入った。
乱入者に青年は興が削がれたようで、力なく手を離した。
その青年と距離をとって、彼女にお礼をいう。
「……ありがとう、ブレンダさん」
もちろん、父が私を呼んでいる、というのは嘘だった。
「いいえ」
ブレンダさんは相も変わらず貴族らしい微笑みを浮かべていたけれど。
私は、そこにいつもとは違って。柔らかさを見た。……気のせいかもしれないけれど。
◇ ◇ ◇
「……そんなこと、ありましたか?」
私がブレンダさんにあの日の出来事のことを話すと、ブレンダさんは首をかしげた。
でも、残念には思わなかった。
ブレンダさんにとって、特別なことでなくても。私にとっては、特別なことだったから。
それにブレンダさんにとって特別なことではないということは、彼女にとって私を助けたのは当たり前の行動だったということだ。
それが、嬉しくて小さく笑う。
そんな私を不思議そうに見たブレンダさんに首を振り、私は今日起きた楽しい出来事について話した。




