見るまでもなく
図書室に着くと、変わらず紙とインクの香りがした。……うん、落ち着くわ。一つ深呼吸をして、アレクシス殿下のことを頭のすみに追いやる。
朝の柔らかな日差しが差し込んだ一番良い席には、既にジルバルトが座って問題集を解いていた。まだ、図書室にはジルバルトしかいなかった。
なので、邪魔をしないよう小声で挨拶をしてその隣に座って、問題集を開く。
そういえば、そろそろ中間テストの結果が出る頃かしら。自分なりに、精一杯やったと思う。そして、それなりに結果が伴っているはず、という確信めいたものも。
でも全く不安がないといえば嘘になってしまう。特待生の条件は、好成績の維持だから。
むむ、と眉を寄せて考えているとコロン、と何かが私の机に転がってきた。
何かしら。それは小さな鳥の形に折り畳まれた紙だった。
「わぁ……」
思わず歓声を上げそうになって、ここが図書室であることに気付き声を落とす。
危ない危ない。他の人の邪魔をしたら駄目よね。
鳥を手に乗せて観察する。鳥の瞳はインクで描かれていて、生き生きとしている。嘴を指でつつくと、ゆらゆらと揺れた。とっても可愛い!
うわー! この鳥の製作者はとっても手先が器用なのね。すごいわ。
心の中ではしゃいで暫くつんつん、と鳥を触っているとふっ、と吹き出す声が聞こえた。
「……すごい顔」
「え」
少しだけ馬鹿にしたような、呆れたような、それでいて、優しい声に視線を鳥から上げるとジルバルトが笑っていた。
「……じる、ばるとさま?」
普通の音量で話しているけれども、今は静かにしないといけない時間じゃ──?
そう思って首をかしげるとジルバルトが言った。
「今日まで勉強する物好きはボクとブレンダぐらいだから、他には誰もいないよ」
そう言われて辺りを見回すと、確かに私とジルバルト以外いなかった。
「え、どうし──」
「テスト結果の貼り出し今日だから。今日くらいは休みたい子も多いんじゃない?」
そろそろかなぁ、とは思っていたけれど今日だったんだ!
急いで見に行かないと! と立ち上がって気づいた。
「ジルバルト様」
「どうしたの?」
「これ、ジルバルト様が作られたんですか?」
だって、図書室には私とジルバルトしかいない。
「うん、そうだよ──まぁ、贈物といえない些細なものだけれど」
「とても素敵な小鳥ですね!」
「別に。……それほど感動されるほど大したものじゃないし。でも」
そうかな。こんなに素敵な贈物だったら、貰った相手も喜ぶと思う。
「ブレンダが喜んでくれたなら、よかった。それ、あげるよ」
「えっ!? よろしいのですか?」
「まぁね。学年一位のお祝いにもならないけれど」
「……学年一位?」
ジルバルトが一位をとったのかな。
「さすが、じるば──」
「ボクじゃなくて、ブレンダ。まぁ、ボクもだろうけれど」
私? 私が一位? それに、ずっと一位だったクライヴを押さえて、ジルバルトが一位をとったの?
「貼り紙見たんですか?」
「ううん。でも、そんなの見なくてもわかるでしょ?」
……すごい自信だわ。
思わず呆気にとられていると、ジルバルトは、ふと微笑んだ。
「そういえば、今日のブレンダの髪型、ゆらゆら揺れて鳥の尾みたいだね」
「あ、はい。実は鳥ではなく馬の尻尾を──」
イメージして、と続けようとして図書室の扉が勢いよく開いた。
「ジル! ついに本気を出したな」




