潜熱
呼吸を整え歩いていると、意外な人物に話しかけられた。
「ブレンダさん?」
「! ミラン様?」
振り向くと、ミランだった。ミランはクライヴと一緒だった。もしかして、学園まで最近は一緒に登校しているのかな。
「アルバート様もご一緒ですね」
そんなことを考えながら、二人が一緒なことを指摘すると、ミランとクライヴは顔を赤くした。
「ええ、そうなの。……ところで、ブレンダさん」
「……なんでしょうか?」
私の頬が熱いことを指摘されたらどうしよう、と考えていると、ミランは近寄ると柔らかく私の髪に触れた。
「その髪型、初めて見たわ。……でも、とってもお似合いよ」
ミランの掛け値なしの賛辞の言葉と、優しい笑みに思わず胸がきゅうと締め付けられる。すごく、嬉しい。
「ありがとうございます!」
その衝動のままに抱きつく。すると、ミランも抱き締め返してくれた。
隣でクライヴが、私だってまだ……、と何かいいたげにしていたけれど、こうできるのは親友の特権だ。なので、思う存分、ミランとの抱擁を味わった後。
「……先程から思っていたのだけれど、頬が赤いわよ。大丈夫なの?」
ミランが眉を寄せて、心配そうな顔をした。
……指摘されちゃった!
動揺したけれど、瞬時に切り替える。
「はい。走ったせいだと思います」
「そう……? ならいいけれど」
「心配してくださって、ありがとうございます」
私がそういうと、ミランは頬を赤くした。
「べ、別に。ゆ、いえ、親友として当然の心配よ」
つん、とした態度とは裏腹に言っていることはとても私に甘い。
「ミラン様、大好きです!」
「わ、私もブレンダさんのことが……わっ!」
私は思わず、嫉妬したクライヴに引き離されるまでずっと、ミランに抱きついていた。
◇ ◇ ◇
暫く朝の登校デートを楽しむらしい二人と別れ、私はいつも通り図書室に向かっていた。
今日も、予習復習がんばるぞ!
それにしても。この髪型いいな、気に入った。歩く度に、ゆらゆら揺れて、少し面白いわ。
「ブレンダ」
──それは、私がその人から聞いたこともないような慈しむような声、だった。
でも、声色自体は違っても、聞きなれた声には違いない。なんで、そんな。私は、信じられない思いで振り向くと、アレクシス殿下が立っていた。
「……おはよう、ございます」
ぎりぎり不敬にならない視線の逸らし方で挨拶をすると、アレクシス殿下は、あぁ、おはよう、と柔らかく微笑んだ。
まるで。まるで、あの日の告白はなかったかのように。
「ブレンダ、今朝はいつもと違う髪型なんだな」
「……はい。では」
失礼しますと礼をして、図書室へと足を向ける。
「本当に、いい髪型だ。……首元に噛みつきたくなる」
小さく呟かれた言葉は、私に届くことなく、窓からの風に掻き消された。




