だって、どうしても(前編)
だって、どうしても。
──君が、良かった。
「……私はアレクシス殿下のお気持ちには、応えられません!」
そう叫んで、君が──ブレンダが生徒会室を出ていく。完璧な第二王子の婚約者。かつてそう称された彼女が、ばたばたと淑女としてはあるまじき足音を立てながら走り去るその姿は混乱が見て取れた。
そのことに衝撃ではなく、安堵が浮かぶ。
良かった。私は──、君を動揺させることができる程度には、君の中に入り込めている。
たとえそれが、第二王子とかつての婚約者という身分と、最近得られた友人という立場のおかげであったとしても。
──おそらく困らせるだろうことは、わかっていた。
自分のために地位を捨てるなどという非常識極まりないロマンスを君が受け入れないことも。
もちろん、心のどこかでは万が一が起きることを願った。
そうすれば、思う存分君を私のまま愛することができるから。甘く囁いて、どろどろに溶かして、そして──君を私だけのものにする。
今すぐそれができないのは、残念だが。
それでも、構わない。
『どうする?』
頭の中で愉しげな声が響いた。
そんなもの──決まっている。
「堕ちてもらうさ」
底無し沼でも、君となら。きっと。
◇ ◇ ◇
よくいえば、兄を立てる弟。悪くいえば、顔以外に個性がなく特出した能力もない第二王子。
それが周囲が私に向ける評価だった。
兄には、溢れんばかりの愛も贈り物も側近も。全てが与えられた。
対して、期待を全くといいほどされていない私に与えられたのは、兄がいらないと切り捨てたお下がりだった。
「悔しくないんですか? ……可哀想」
誰かがいった。
憐憫の感情を向けられても、何も思わなかった。強がりではなく、事実として悔しくはなかった。兄に与えられる全てに、私はあまり興味がなかった。
あれば使うし、それなりに楽しむ。
けれど、心の底から欲しいと思ったものは一度もなかった。人なりに感情はあったけれど、物に関しては何も、浮かぶものがなかった。
そんな私に、婚約者ができた。
彼女の名前はブレンダ・スコット。
さすがに婚約者までお下がりにはできなかったらしく、兄とは関係ない相手だった。
名前以外で初めて、私に与えられたもの。
反対にいえば、そうだという以外に私には価値がないもの。
けれど、そんな婚約者との初の顔合わせの席で、私は──、初めて欲しいものができることになる。




