表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/149

錯覚

微笑んでくれたミランは、はじめのうちは、笑っていたのだけれど。

「……ちょっと、待ちなさい!」

「? どうしましたか?」

ジョキジョキと音をたてながら、髪を切っていると、ミランに止められた。


「あなたの髪はせっかく綺麗なんだから、そんなにぞんざいに扱うものではなくてよ! ……あぁ、もう、鋏をかしなさい」

 そういって、ミランは鋏を手にもつと、私を鏡の近くの椅子に座らせた。


 そして丁寧に櫛で髪をといて、髪の長さを揃えていく。

「ミラン様、お上手ですね」

 私が意外に思いながら、そう誉めると、ミランは鼻をならした。

「あなたが適当すぎるのよ」


 時々首に、ミランの手が触れて、それがくすぐったくて笑ってしまう。笑う度に、あまり揺れるとうまく切れないわ、とミランに怒られるのだけれど。それも、またこそばゆくて、笑った。


「……できたわ」

「ありがとうございます、ミラン様」


 水色の髪は肩の高さで揃えられていた。鏡に映る私は、以前よりも身軽に見える。


「以前の髪が似合っていなかった訳じゃないけれど」

 ミランはそう前置きして、続けた。

「似合ってるわ」

「私も、そう思いました」


 まるで初めからこの長さに整えられるべきだったような。そんな錯覚を覚えるほど。


 その後は、切った髪を片付けて、また、二人でおしゃべりをして過ごした。

 

 翌朝。自室をでる前に鏡を確認して、笑顔になる。


 いくら似合っているとミランが太鼓判を押してくれたとはいえ、最初は見慣れないかと思った。


 でも、夜が明けても違和感をもつことなく、髪は私に馴染んでいた。


 これで、ブレンダ・スコットは死んだ。

 ここにいるのは、ただのブレンダだ。


 知り合い以外は、私を元貴族だとは思わないことだろう。


 そういえば、今度の休みに下町におりて、散策してみようか。

 平民となった私を、誰かが拐うメリットはない。反対に、私に護衛をつけるメリットもない。


 つまり、自由に歩き回ることができる。

「楽しみがひとつ増えたわ」


 私は上機嫌で、自室をでたのだった。






 学園につくと、なんだかみんなが私をみている気がした。

 自意識過剰かと思ったけれど、単純に髪が短い女子生徒──つまり平民は今年度は私だけ。


 この髪は平民です! と主張しているようなものだから、物珍しいのだろう。


 そう思いながら、教室に向かっていると、意外な人物に話しかけられた。

「……ブレンダ」

「? はい」


 名前を呼ばれて振り向くと、アレクシス殿下だった。


 アレクシス殿下は昨日のような戸惑いを浮かべていた。

「髪を……きったんだな」

「はい」


 話はそれだけだろうか?

 ホームルームが始まる前に、今日の授業の予習をしたいんだけどな。

 けれど、まだ、アレクシス殿下はなにか伝えたいことがあるようだったので、首をかしげる。


「どうされましたか?」

「その髪は……、いや。似合っている」

「ありがとうございます」


 思わず、笑みがこぼれる。

 本当は平民の私は、謙遜したほうがいいのだろうけれど。

 もう、感情を殺すのはやめたのだ。

 それに、誉められるのは何度目だって嬉しい。


「……っ、ブレンダ」

「? はい」


 アレクシス殿下は目を瞬かせた後、何かを言いかけ、そして、やめた。

「君は──……、いや、なんでもない」

「そうですか?」


 アレクシス殿下は何を言おうとしたのか。

 気にならないでもなかったけれど、もう、私は婚約者ではないので、追求しない。

「では、失礼いたしますね」

「……あぁ」


 特待生として良い成績を維持しなければならない私は、やっぱり何かを言いたげなアレクシス殿下を残して、教室に入ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[良い点] ブレンダの凛とした姿が素敵です。 理不尽な婚約破棄と家からの追放にも関わらず、怒りや恨みを全面にではなく、自分の力で学校に入学し、表情豊かに堂々としている姿がかっこいいです。 表情豊かに素…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ