好敵手
翌朝、私はすっきりと目覚め──られなかった。昨夜はなんだか考え事をしてしまい、寝付けなかったからだ。
原因は言わずもがな、ジルバルトのせいだった。
手を繋ぐことの意味を考えていた。
たとえば、病気の相手を励ますために、手を繋ぐ。普通だと思う。
たとえば、ダンスのときに手を繋ぐ。当然だ。
じゃあ、ダンスでも病気でもないときは?
「……自意識過剰すぎるわ」
自分で自分の考えが、馬鹿らしくなった。
ジルバルトには弟がいるといっていた。もしかしたら、ジルバルトにとっての私は異性ではなく妹のような存在なのではなかろうか。
家族と手を繋ぐ──私がしたのはずいぶん昔のことだから、自信がないけれど──普通だろう。
そんなことを考えながら寮を出て図書室へ向かう。その途中で声をかけられた。
「ブレンダ」
中間テストが徐々に近づいてきたとはいえ、早朝はまだ人が少ない。そのことに感謝しながら、振り向く。
「おはようございます、アレクシス殿下」
振り向いた先にいたのは、声で判断した通り、アレクシス殿下だった。
アレクシス殿下は、おはよう、と返すと何か言いたげな顔をした。
「どうされました?」
「いや、なんでもない。私も今朝から図書室で勉強をすることにしたんだ」
中間テストが近いからな。そう早口で言ったアレクシス殿下の頬は赤い。
「……? そうですか」
「ああ」
私も。それは──、いえ、私の考えすぎね。
行き先が同じなのに別々に行くのもなんだか気まずくて、アレクシス殿下と歩く。
アレクシス殿下の方が歩幅が大きいから必然と私は少し小走りになる──前に、アレクシス殿下の歩調がゆっくりになる。
婚約者だったときは、隣を歩くことなんてなかったし、他の人に見られて私が殿下に懸想していると勘違いされたら困る、という意味でドキドキして、いつもと同じ廊下なのになぜだかいつもより長く感じた。
「ブレンダ」
図書室に着く直前、アレクシス殿下に話しかけられる。
「はい」
「その髪飾りは気に入っているのか?」
アレクシス殿下に指を指され、思わずクリップを手でおさえる。
「そうですね。気に入っています」
だってとても便利だし。それに……。心のなかで付け足して、笑みを浮かべて頷くと、なぜだか、アレクシス殿下は私から目をそらして頷いた。
「……そうか。わかった」
会話はそれで終了したので、図書室の中に入る。
そういえば、スマートな断り方、を返していなかった。実践できているかは微妙なところだけれど、読み物として面白かったので返すついでに何か他に面白い本がないか探す。
動物と会話する方法……?
そんなことできるのだろうか。たぶん、これを読んでも実践できないと思うけれど、読む分には面白そうだ。そう思い借りていると、私の定位置──ジルバルトの隣だ──は、アレクシス殿下が座っていた。
そして、なぜか期待をこめた瞳で私を見ている、気がする。
……でも、何を期待されているのかさっぱりわからない。何もいわないと言うことは無理に期待に応えなくてもいいだろう。
周囲に誤解されないように、空いていて、アレクシス殿下からなるべく離れていた席に座った。
教科書と問題集を開いて、問題を解く。
問題集の中間テストの範囲はすでに二周目なので慣れたもので、さくさくと解き進むことができた。
予鈴がなったので、片付けをしていると声をかけられた。
「おはよ」
「ブレンダ」
アレクシス殿下とジルバルトだ。そういえば今日はジルバルトに挨拶をしていなかった。そう思い、振り向いて挨拶をする。
「おはようございます。ジルバルト様」
いつものように挨拶をできたはず、だと思う。少し俯きがちになってしまったことを除けば。
それを誤魔化すように、アレクシス殿下に尋ねる。
「アレクシス殿下は、どういったご用件でしょうか?」
図書室にまだ残っていたのは、私とジルバルトとアレクシス殿下だけだった。
「ブレンダがよければ、今日の放課後、私に勉強を教えてほしい」




