握った手
「ん……」
ジルバルトが目を覚ました。顔色は、大分よくなったように思う。
「おはようございます、ジルバルト様」
「……おはよ」
ふわ、と一つ欠伸をしたジルバルトに笑う。
「よく眠れましたか?」
「うん。すっきりした」
それは良かった。ほっとしていると、手を繋いだままなことに気づいた。
気付かれないように、そっと、手を離す。
「ありがとう、ブレンダ。手、握っててくれて」
気付かれてしまった!
「ええっと、これは、その」
言い訳を探す私に、ジルバルトは柔らかく微笑む。
「おかげでうなされずにすんだ」
「……それなら良かったです」
少し恥ずかしく思いながら俯くと、ジルバルトは笑った。
「すっかり暗くなっちゃったね。女子寮まで送るよ」
「でも……」
ジルバルトは病み上がりだ。そんな人に無理をさせるわけには行かない。
「大丈夫。もう熱、ないから」
そういって、ベッドから起き上がる。
慌てて私も教科書を片付けた。
◇ ◇ ◇
ジルバルトと帰り道を歩く。
ジルバルトはいつも私の歩調に合わせてくれるので、少し申し訳ない。
そんなことを考えていると、ふいにジルバルトが言った。
「ブレンダ」
「はい」
「ブレンダには、お兄さんがいるよね」
確か、ジルバルトには弟がいたはずだ。弟が跡を継ぐといっていたから。そう思いながら、頷く。
「はい」
今の私は公爵家を勘当されたから、まだ兄と呼ぶことが許されるのかわからないけれど。
「ボクには弟がいる。弟はすごく可愛いんだ」
「そうなんですか」
ジルバルトの弟。どんな子だろう。
「でもね、時々、弟のことが妬ましくなる」
「妬ましい、ですか」
ローリエ男爵家の跡取り問題のことだろうか。
私の疑問が顔にでていたのか、ジルバルトは頷いた。
「……それもあるけど。それ以上に、羨ましいんだと思う。愛を当たり前のように、もらえるあいつが」
愛を当たり前のようにもらえる。それは、反対にいえば、ジルバルトはもらえなかったということ。
どんな顔をすればいいのかわからず、戸惑う。
ジルバルトは苦笑して、息を吸い込んだ。
「熱が出ても誰もそばにいてくれなかった。だから、ブレンダがいてくれて、嬉しかったんだ。……ありがとう」
「私は、何も──」
「なにもじゃないでしょ。そばにいて、手を握ってくれた」
改めてまた言われると、照れてしまう。
照れて俯いた私に、ジルバルトは囁いた。
「ブレンダ、ありがとう」
そして、手を取られる。
私もジルバルトももう熱はないし、うなされているわけでもない。
だから、握る理由なんてないはずで。
でも、私はそのことを指摘できずに、女子寮まで手を繋いだ。




