身軽に
「はい」
名前を呼ばれたので、振り向くと、声の通り、アレクシス殿下は呆然としていた。
「本当に、ブレンダ、なのか?」
「はい。ブレンダと申します」
平民となった私には家名がない。そんなの当たり前なのに。私が名前を名乗っただけで、どうしてそんなに驚いた顔をするのだろう。私が首をかしげていると、ミランに飛び付かれた。
「ブレンダさん! あなたも生徒会に入るのね。その、教室が別れてしまって、少しだけ……ほんの少しだけ寂しく思ってたから、嬉しいわ」
「はい。私も、ミラン様と一緒で嬉しいです」
ミランに微笑む。すると、ミランも微笑み返してくれた。ミランが友人になるなんて、今まで考えてみたこともなかったけれど。こうして、微笑み返してくれるのはとても嬉しい。
「ミラン嬢とブレンダが、親しげに話を……?」
そんな私たちの様子を見て、またしてもアレクシス殿下は困惑したような顔をした。その疑問に応えたのは、ミランだった。
「アレクシス殿下、私たち、友人になりましたの」
ね、と私を見たミランに頷く。ミランは、どこか誇らしげだった。そんな顔をされると、照れ臭い。感情を殺すのをやめた私は、ほんのりと頬が熱くなるのがわかった。
「……!、!?」
アレクシス殿下は、また、驚いた顔をしたけれど。
ごほん、と咳払いの音にはっ、とする。
そうだ、この場には他の生徒会の人たちもいたのだった。
咳払いをしたのは、会長の、公爵子息のクライヴ・アルバートだった。クライヴは、黒色の髪に、青い瞳をしている。
「新たな生徒会のメンバーも集まったところで、自己紹介をしよう」
自己紹介によると、三年生三人、二年生二人、新入生が三人で構成されることになるようだった。
男女比は五対三で、男子生徒の方が多い、というか、女子生徒は私とミランともう一人だけだった。
本当にミランがいてくれてよかった。とても心強い。
「新入生は、入学式があって疲れただろうし、今日はもう、解散にしよう」
そう会長のクライヴ様がいったことによって、私たちは生徒会室からでて、各々の寮の自室に戻った。
自室でベッドに転がっていると、ミランが訪ねてきた。
慌てて服装を整え、ミランを出迎える。
ミランとおしゃべりをして、楽しいひとときを過ごした。
ふいに、ミランが私の髪に優しく触れる。
「ずっと思っていたけれど、あなたの淡い水色の髪、とても綺麗よね」
「……そうですか?」
私が首をかしげると、ミランは大きく頷いた。
「ええ! 私なんて、面白味のない黒ですもの」
「赤い瞳が黒髪によく映えていてとても素敵ですよ」
ミランは、豊かな黒髪に、赤い瞳をしている。赤い瞳はどこか神秘的で、吸い込まれてしまいそうだ。
「そうだ! 髪といえば……」
「どうしたの?」
急に椅子から立ち上がった私を、ミランが不思議そうな顔で見る。
「ミラン様に手伝っていただきたいことがあるのです」
「なにかしら?」
私は、準備をして、鏡の前にたつと、ミランを見つめる。
「髪を切るのを見ていていただけませんか?」
私は自分の長い髪をつまむ。貴族の女性は、基本的に髪が長い。肩までの長さしかないのは、子供か平民だけだ。けれど、もう、私は貴族ではない。この髪はもう、必要なかった。
私の過去を、私の現在の象徴である、友人のミランに見届けて欲しい。
そういうと、ミランは微笑んだ。
「わかったわ」