夢
「……ブレンダ」
ジルバルトは私の名前を呼ぶと、手を握り返してくれた。
「ボクは……」
「!」
くしゃみをしてしまった。
「濡れちゃったね」
そういって、ジルバルトが笑ってハンカチで私の頬を撫でた。
そういえば、雨が降っていたのだった。二人とも傘をさせなかったから、ずぶ濡れだ。
「とりあえず、寮まで送るよ」
寮についても手は離さなかった。……離せなかった。離してもジルバルトがいなくならない保証がなかった。
「ブレンダ、ついたよ。早く、部屋に戻りな」
このままだと風邪引いちゃう、とジルバルトは苦笑した。
「でも……」
このまま手を離して、遠ざけられたら。
「……大丈夫。ブレンダを拒絶したりなんかしないから」
はっきりとそう言われ、しぶしぶ手を離す。
「ほら、そんな顔しないの。帰りたくなくなっちゃうでしょ」
そんなに変な顔をしていただろうか。思わず顔を手で押さえると、ジルバルトは優しく笑った。
「おやすみ、ブレンダ。……良い夢を」
「……おやすみなさい」
◇ ◇ ◇
結局その日の夜はよく、眠れなかった。
翌朝、朝早くに寝不足なまま、図書室に向かう。
いつもの席に、ジルバルトは座っていた。
そして私に気がつくと、顔をあげて微笑んでくれた。
良かった。ほっとしながら、私も隣の席に座る。
図書室は静かで、勉強によく集中できる──はずなのだけれど。安心から、私は微睡んでしまった。
幸せな、夢を見る。
『ブレンダ』
柔らかに微笑む、優しいひと。そして愛おしそうにそれを見つめるひと。
そして、少しだけ拗ねたように、でも優しく頭を撫でてくれたひと。
なにも、欠けたものはなかった。
完璧すぎて、これが夢だとわかる。
この世界にずっといたい。
……けれどそうはいかなかった。
私は、現実に目を向けなければならない。
「……ん」
無理やり意識を覚醒させる。
ここは、どこだっけ。
きょろきょろと辺りを見回して、隣のジルバルトの心配そうな赤い瞳と目があった。
そうだ──、ここは、図書室だった。
丁度、予鈴のチャイムがなった。
「……大丈夫?」
片付けをしながら、ジルバルトが心配そうな声で尋ねた。また、悲しい記憶を見たんじゃないかと心配している顔だった。私が見たのは、決して悲しい記憶じゃない。
「はい、いい夢を見ました」
「そう? ならいいけど」
まだ、心配そうなジルバルトに微笑んで、また、放課後に、と別れを告げた。




