月光
「……?」
幸せな気分に浸っていると、医務室に着いた。ジルバルトは、医務室に着くと
「やっぱり体調がよくなったみたいだね」
と大きな声で言った。どうしたんだろう。疑問に思っている私にジルバルトは囁いた。
「体調悪くないんでしょ」
「え、ええ、はい」
それはもちろん。さっきのは、演技だ。
頷くと、ジルバルトはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「だったらさ──、まだ、ダンスパーティを終えるには早いとは思わない?」
◇ ◇ ◇
その言葉と共に連れられたのは、学園のテラスだった。月明かりが落ちるそこは、どこか神秘的にみえる。
テラスに着くと、ジルバルトは胸に手を当てて微笑んだ。
「どうか、ボクと踊っていただけませんか」
「喜んで」
アレクシス殿下に体調不良といったから、医務室には行かなければならない。医務室に行ったという証拠は、あのとき周りにいた人たちが証明してくれるだろう。でも、ずっと医務室にいるのは退屈だ。
そこで、ジルバルトは私の体調がよくなったことにして、ダンスに誘ってくれたのだろう。
ジルバルトの手をとる。
すると、ジルバルトが曲を口ずさんだ。
「……ふふ」
少しだけ、音程のずれているそれに思わず笑うと、ジルバルトは拗ねてしまった。
「笑うんなら、ブレンダがやってよ」
「やりません。ジルバルト様の曲の方が素敵ですから」
「……はぁ。ブレンダの人たらし」
溜め息をついたジルバルトは、再び口ずさむ。
やっぱり音程がずれているその曲は、だけど不思議と耳に馴染んだ。
私たちの他に誰もいない場所で、素敵な曲で踊るダンス。それはとても贅沢な気がした。
ルビーのような瞳は、月光を受けてきらきらと輝いている。その瞳に思わず魅入られていると、ジルバルトはふっ、と笑った。
「見惚れちゃった?」
「はい」
頷く。
「……なんでそこで否定しないかな」
「事実なので」
そういうと、なぜかジルバルトは大きな溜め息をついた。
「ジルバルト様?」
どうしたんだろう。
「……ブレンダってほんと、そういう──なるほど」
何か納得しているけれど、私は全く納得できていない。
「よくわかったよ、ブレンダが魔性だってこと」
「!?」
私が魔性!?
「でも、犬は魔性じゃないですよね」
以前、ジルバルトに犬みたいと言われたけれど。犬は魔性とは言わない気がする。
「うん、でも、ブレンダは魔性の女の子だよ」
ジルバルトはきっぱりと言いきった。えっええー。どういうことだろう。
「違いますよ」
「違わない」
二人でしばらく言い合って、それから、顔を見合わせて笑った。




