白昼夢
翌朝。
予習と復習をかかさないため、私は図書室に来ていた。
やはり、一番いい席にはジルバルトが座っている。
小声で朝の挨拶をして、隣に座った。
しばらく問題集に向き合っていると、ふいに硝子を叩く音がした。
「……?」
窓を見ると、鈍色の雲から雨が降っているのが見えた。バケツをひっくり返したようなどしゃぶりだ。
『──××××、××××』
一面が真っ黒だ。そんな中、添えられた白百合が存在感を放っている。
『──××××、××××!!!』
泣き叫ぶ声が耳にこびりついて、離れない。
どしゃぶりの雨は誰にも平等に降り注いでいるはずなのに、そんなものは構うものかとすがり付く。
『こんなことがあっていいはずがない。こんなことが──』
「……ダ」
『ああ、××××。私もすぐに──』
「ブレンダ!!!」
「……え?」
体を強く揺すられて、飛び上がる。
「ブレンダ、大丈夫?」
「……じる、ばると、様」
ルビーのような赤い瞳が心配そうな光を宿して、私を見つめていた。
ここは、どこだっただろうか。
わけがわからなくなって、辺りを見回すと、紙とインクの香りがした。
だんだんと落ち着いてくる。そうだ、ここは図書室だ。
「予鈴がなったのに、窓を見つめて動こうとしなかったから」
それで、声をかけてくれたらしい。
「……ありがとうございます。すこし、ぼんやりしていて。遅刻するところでした」
私が微笑むと、ジルバルトは眉を寄せた。そして、私の勉強道具を鞄に片付け始める。
「……ジルバルト様? 自分でできますよ」
突然のジルバルトの行動の意図がわからず、戸惑っているとジルバルトはため息をついた。
「保健室にいくよ」
片付け終わった私の鞄を肩にかけると、ジルバルトに手を引かれる。
「え? 風邪なんてひいて──」
「いいから」
有無をいわさぬ迫力のある声に、思わず手を引かれるがままに、保健室へとむかう。
保健室につくと、ジルバルトは養護教諭に
「症状は仮病と、……風邪でいいか。ベッド一台と椅子、かります」
といって、本当に空いていたベッドサイドに私の鞄をおく。こういったことは以前もあったのか、仮病といったジルバルトに眉ひとつひそめず、どうぞ、と養護教諭は笑った。
「ほら、ブレンダ。寝な」
「あの、ジルバルト様。私、本当に風邪なんて引いてませんよ」
私が戸惑って首を横にふると、ジルバルトは究極の二択を提案した。
「今すぐ、自分で横になるのと、ボクに抱き上げられて、横になるの。どっちがいい?」
「じょうだん──」
「わかった。抱き上げてほしいんだね」
!?!?!?
そういって、ジルバルトは本当に私を抱き上げようとしたので、慌てて自分で制服に皺がつかないように、ベッドに横になる。
ご丁寧に私に布団までかけたジルバルトは、ようやく表情を和らげた。
「あ、の……?」
「ごめん。余計なお節介だったのはわかっているけど。ブレンダ、顔が真っ白だよ。少し、休んだら」
「でも、授業が──」
授業に欠席することで、遅れをとったらどうしよう。私はこれから平民として生きていかなければならない。そのためには、この学園を無事に卒業しなきゃいけないのに。
「わからないところがあったら、ボクが教える」
「……ジルバルト様が?」
「流石に、一年の勉強なら完璧にわかるよ。それとも学年二位のボクの教え方が心配なら学年一位のクライヴに話をつけてもいいし」
クライヴ。ジルバルトと同じく三年で、生徒会長のクライヴ・アルバート公爵子息のことだろう。呼び捨てということは、クライヴとジルバルトは仲がいいのだろうか。
「だから、勉強のことは心配しなくていい」
「…………ありがとう、ございます」
でも、どうしてジルバルトがそこまでしてくれるんだろう。
私の疑問が顔にでていたのか、ジルバルトは苦笑した。
「かわいい後輩の顔色が悪かったら、心配でしょ」
後輩。
そっか、ジルバルトは私の先輩なのか。先輩なんて今までいなかったから、少しくすぐったい。
「ありがとうございます……先輩」
私がそういうと、ジルバルトは笑って、椅子に腰かけた。
「……ジルバルト様?」
「ブレンダは、人がいると眠れない性質?」
「いえ。どちらかというと、安心するほうですね」
それがいったいどうしたんだろう。
「だったら、眠れるまでいるよ」
「……でも、そしたらジルバルト様が授業に遅れ──」
「一時限休んだところで変わらないよ」
そういうジルバルトは得意気だった。そういえば、さっき学年二位だと言っていた。成績がいいのに生徒会に入らなかったのだろうか。
……めんどくさいって、言いそうだものね。
納得して、目を閉じる。
目を閉じると雨音が余計に聞こえるかと思ったけれど。窓が遠いせいもあって、近くに座っているジルバルトの穏やかな呼吸音と、本の頁をめくる音だけが聞こえる。
私は、ゆっくりと眠りへと落ちていった。




