かけがえのないもの
「あ、頭を上げてください」
この人は、第二王子だ。簡単に人に頭を下げていい相手じゃない。
「……いや。私は、君にそれだけのことをした」
けれど、アレクシス殿下はそういってちっとも頭をあげる気配がなかった。
「まずは私のせいで、スコット公爵家を勘当されたこと。そして──私が君を知ろうともしなかったこと。本当に、すまない」
「……私は」
父たちと縁が切れたこと、恨んでいない。そう伝える。二つ目も別に全く気にしていないのだけれど、なんと答えよう。
言葉を探していると、ふいに、アレクシス殿下は、私に尋ねた。
「ブレンダ、私の好きな色を知っているだろうか?」
「水色です」
それがいったいどうしたというのか。疑問は次の質問にかきけされる。
「私の趣味は?」
「ピアノですね」
「私の癖は? 知っているものが、あるだろうか」
「緊張すると頬をかく癖が──」
「では、私の苦手なものは?」
「虫、でしょうか」
これら質問になんの意味があるのかさっぱりだけど、答えていく。
「……ゼロだ」
「え?」
苦手なものは数字だったのだろうか。そう思い、首をかしげると、ようやく頭をあげたアレクシス殿下は困った顔をした。
「私はこれらの君についての質問で、答えられるものは何一つない」
「……それは」
知ろうとされなかった私にも責任がある。
「……君がなぜ、無表情を貫いていたのか。君は聞けば答えてくれただろう」
「……はい」
「だが私は聞きもせず、一方的に……」
そこで、アレクシス殿下は深く息を吸った。そして、静かに吐き出す。
「君を、嫌っていた」
アレクシス殿下はなぜか、とても苦しそうな顔をした。
「その結果、私は本当の君にたどり着けないまま君との婚約を解消し、君は、公爵家から勘当された。謝っても許されることではないと思う。私は、君から生活と家族を奪った」
アレクシス殿下は、まさか、婚約を解消したことで、私が家を追い出されるとまでは思っていなかったのだろう。
「アレクシス殿下」
穏やかな声でよびかける。すると、アレクシス殿下は叱責を恐れる子供のようにびくりと、体を揺らした。
「殿下の婚約者でありながら、嫌われる私に多分に非がありました。ですから、アレクシス殿下がお気になさる必要はございません。それに、殿下は私から家族と生活を奪ったとおっしゃいましたが」
私は、ミランをちらりと見る。ミランは心配そうに私を見ていた。ミランに向かって、微笑み、それからアレクシス殿下に向き直る。
「私は、アレクシス殿下のおかげで、かけがえのない友人と自由な生活を得られました。アレクシス殿下が婚約を解消して下さらなければ、決して得られなかった。ですから……ありがとうございます」




