温室
午後の授業と生徒総会に向けた会議──議案はようやくまとまった──を終え、帰りの支度をしていると、視線が気になった。
「……」
翡翠の瞳は何か言いたげだ。けれど、いくら元婚約者といえども、それだけで言いたいことを察せるほど、私は鋭くなかった。
用件があるなら、できればさっさと言ってほしい。
今日はミランと美味しいお菓子を食べに行く約束があるのだ。
「なにか、ご用でしょうか?」
このままでは居心地の悪い思いをし続けることになるので、アレクシス殿下に話しかける。
「……ブレンダ、君と話がしたい」
「わかりました」
アレクシス殿下に向き直ると、アレクシス殿下は周囲を見回し眉を寄せた。
「……大事な話だ」
つまり、あまり人前ではしたくない話ということだった。
でも、アレクシス殿下と二人になるのはよろしくない。
今のアレクシス殿下に婚約者はいない。そして、貴族の婚姻相手は、この学園の在学期間中に決められることが多い。つまり、アレクシス殿下の婚約者になりたくて、実際そうなれてしまう令嬢も数多い。
だから、アレクシス殿下は平民を気にかける優しい王子、と認識されるかもしれないけれど。私の場合は元婚約者だから勘違いしている平民だと、令嬢たちから嫌われかねない。
私の今の目標は、平穏無事にこの学園を卒業すること。
そうすれば、それなりの就職先を見つけることができる。
だから令嬢たちに睨まれ、この学園を追い出されることになってしまったら、とても困ってしまう。
どうしたものかと悩んでいると、ミランが助け船を出してくれた。
「温室でお話しされるのはいかがですか?」
確かに温室なら人の出入りが少ないし、そんなには目立たないか。
「そして、私も同席させていただけたら、と思います」
そう言ってくれたミランは、とても頼もしい。でも、迷惑ばかりかけてしまっていて、申し訳ない。
「……大事な話だ」
アレクシス殿下は言外にミランは同席するなと言っている。でも、ミランはすかさず言った。
「はい。ですが、ブレンダさんの将来も大事です」
ミラン!
私は嬉しくて、思わず泣きそうになる。あとで、ミランにお礼をしよう。
「……わかった」
アレクシス殿下もしぶしぶ頷いたので、温室に三人で移動することになった。
◇ ◇ ◇
温室では、色とりどりの花が咲いていてとても綺麗だ。
でも、今日の目的はこの花たちを見に来たわけではないので花から視線をはずす。
また今度、改めて見に来よう。
温室には私たち以外、誰もいなかった。
「……ブレンダ」
アレクシス殿下が私を見る。
そして、頭を下げた。
「すまなかった」




