メリグリシャ語
「……広い、世界」
アレクシス殿下は、そう呟くと瞳を揺らした。
「どうして……私はブレンダに酷い事をしたのに、そんなことーー」
「信じているからです。アレクシス殿下、私は至らない婚約者でしたが、その五年で見たあなたを信じています」
今回アレクシス殿下がしたことをまだ完全に許す気にはなれない。
でも、私にも責任の一端はある。
努力を続けるアレクシス殿下を、婚約者として見てきた。
そんなアレクシス殿下に寄り添えなかったのは私の罪で、私が背負うべきことだ。
「以前も言いましたが……アレクシス殿下、あなたはとても素敵な方です。どうか、忘れないで」
「っ!」
翡翠の瞳はゆらゆら揺れて、やがて、雫が溢れた。
「すまないっ……本当に、すまない」
「私も至らない婚約者で申し訳ございませんでした」
「……そんな、事。私の方が……」
首を振る。
今後、彼の隣に立つのは私じゃない。
「アレクシス殿下、……あなたの幸せを願っております」
私たちの道が交わることは、もう二度とないけれど。
それでも、それだからこそ。
笑みを浮かべ、心から祈る。
どうかアレクシス殿下がもっと息苦しくない広い世界で、生きられますように。
◇◇◇
ーー翌朝。
昨夜寮母さんを通じて、ルドフィルに今朝は一緒に登校できないと伝えた。
そして、私は、朝一番に図書室に来ていた。
図書室は、相変わらず紙とインクの香りがして、落ち着く。
入り口近くでパラパラと本をめくっていると、扉が開いた。
本を片付けて笑顔で出迎える。
「おはようございます、ジルバルト様」
「……!? おはよ」
ジルバルトはよほど驚いたのか目を瞬かせる。
「今日、いつも以上に早いね。こんな時間に来るのはボクくらいのものだけど」
「はい。ジルバルト様に話したいことがあって」
「……ボクに話したいこと?」
私の顔を覗き込み、ふっとジルバルトは微笑んだ。
「顔色、良くなったね。悪い話じゃなさそうだ」
そういうことなら、と言ってジルバルトはくるりと背を向けた。
「ジルバルト様?」
迷惑だったかしら。
「ほら、ブレンダいくよ」
戸惑っていると、振り向いたジルバルトに手を取られる。
「この時間なら誰もいないから、テラスに行こう」
ーーテラスにつくと、誰もいなかった。
秋の心地良い風が肌に当たって、気持ちいい。
確かにここなら、心置きなく話せる。
「ありがとうございます、ジルバルト様」
「どういたしまして」
ジルバルトはテラスの椅子を引きーー。
「はい、どうぞお姫さま」
にやっと笑って、私を見た。
なので、私はーー。
「ありがとうございます、『宵闇の貴公子様』」
「!? え、はーー」
ジルバルトは、息を止めて私を凝視している。
「い、いや。聞き間違いだよね。ごめん、それで、話って?」
「『あなたの闇に浮かぶ一番星よりも輝く瞳は、綺麗ですね』」
「!?!?!? ちょ、ブレンダ、意味わかってる!? メリグリシャ語の勉強頑張っているのは、わかったからーー」
メリグリシャ語。
隣国の古代語でもあるその言葉。
「はい」
私は、大きく頷いて、ジルバルトを見つめた。
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※メリグリシャ語は14話で出てきてます。