雨が降っても
その後、朝の勉強に集中していると、予鈴がなった。
「ブレンダ」
誰もいなくなった図書室で、ジルバルトが私の名前を呼ぶ。
「はい」
「これ、あげる」
ジルバルトの手から、本を渡される。
……何の本かしら?
「!!」
それは、以前ジルバルトに勧められて借りた画集と同じ作家の本だった。
「……ふふ」
思わず、笑みが溢れる。
「ありがとうございます。大切にしますね」
本を抱きしめる。
元気出してなんて言われてないけれど。
そう口には出さない気遣いが嬉しかった。
「うん」
小さく頷き、ジルバルトはもう一度口を開いた。
「 、だよ」
唇だけで紡がれた、魔法の言葉。
「……はい」
さっきのノートの切れ端も、大事にしまってある。
ジルバルトのその言葉は、私に勇気をくれるから。
「ありがとうございます、ジルバルト様。……あなたに出会えて、良かった」
ーー大切な私の先輩。
「ボクも。ブレンダと出会えて嬉しいよ」
少し照れたように早口で言われた言葉に、小さく笑う。
「そろそろ行かなくちゃね」
名残惜しいけれど、本鈴がなる前に教室に行かなければ。
「はい。では、また」
「うん。またね」
◇◇◇
教室に着くと、ダンスパーティー後だからか、少し騒がしかった。
「あら! ブレンダさん」
「ブレンダさんは、花火見られました?」
友人のキャシーとミュアから口々に話しかけられる。
……花火。
好きな人と一緒に見ると恋が叶うかも……しれないという花火。
……花火は見た。
アレクシス殿下と。
でも。
心の中に暗い気持ちが浮かびそうになる。
思わず手を握りしめようとしてーー。
本の硬い感触に我に帰る。
「!」
そうだった。
ジルバルトに片付けをした後、本をもらったから。そのまま、鞄に入れずに持ってきてしまったのだった。
「ブレンダさん?」
ーー大丈夫、だよ。
ジルバルトに言われた言葉が蘇る。
「……あ、いえ。花火は見ましたよ」
「まぁ、そうだったのね!」
「私とミュア様も花火を見たのだけれどーー」
心の中でもう一度、魔法の言葉を繰り返すと、暗い気持ちは消えていく。
「ふふ、そうなんですね」
友人の楽しい話に耳を傾けているうちに、朝の自由時間は過ぎていった。
◇◇◇
放課後。
今日は、生徒会の仕事はない。
どうしようかしら。
「……」
帰りの支度をした後、ふと窓に目をやった。
窓の外では、ぱらぱらと雨が降り出している。
雨の日が以前はあまり好きではなかった。
母の死んだ日のことを思い出すから。
でも、今はーー。
目を閉じると、脳裏に浮かぶのはルビーのように綺麗な赤い瞳だ。
雨の記憶を共有して、嫌な記憶だけではなくなったから。
「 」
自分でももう一度、彼の言葉をつぶやいてみる。
「……うん」
今日はこのまま図書室に行ってもいいかもしれない。
きっと、図書室は、私に優しい。
ーーでも。
窓の雨に向かって微笑んだ後、教室から踏み出した。
その瞬間、私の目に入ったのは、探そうとしていたまさにその人だった。
「……アレクシス、殿下」
おそらく年内最後の更新です!
本年もお付き合いくださり、ありがとうございます!!
来年中には完結すると思うので、お付き合いいただけたら幸いです!