夏の終わり
瞳が溶けてしまいそうな度、ぼろぼろと涙を流し続けているブレンダ。
ボクは、相変わらず何と言っていいかわからずに、震える背を撫で続けていた。
こういうとき、マーカス君なら、なんというんだろう。
ボクより一学年下なのに、落ち着いていて、薄墨色の瞳が印象的な、ブレンダの従兄でボクの恋敵である彼。
彼なら気の利いた言葉の一つや二つ、言えるんだろうか。
そういえば、今回のダンスパーティーでは、彼がブレンダのエスコート役を務めるのだと聞いたような。
でも、一緒にいない、ということは……。
……なんにせよ、この状態のブレンダを一人にしないで、よかった。
学園内だとはいえ、もう夜中だ。
女の子ひとり、それもとびきり好きな子になにかあったら嫌だから。
「……ブレンダ」
そっと彼女の名前を呟いて、もう片方の手で目元をぬぐう。
彼女は涙を流しながらボクを見上げた。
「ブレンダはさ――」
言葉を探しながら、続ける。
「きっと、大丈夫だよ。ブレンダにはボクがついてるから」
「……え?」
ぱちぱちと驚いたように瞬きをした彼女につられて、ボクも瞬きをして誤魔化す。
慎重にいいことを言おうとしたけれど、無理だ。いい言葉が浮かばない。
「いったでしょう、ボクはブレンダの味方だって」
……だからなんだよ。
自分で心の中でつっこみを入れて、ため息をつく。
そもそも女の子を慰めたことがまったくといってないから、慰め方がわからない。
……でも。
「……ふ」
「……ブレンダ?」
「あはは!」
ブレンダは、声を立てて笑った。
相変わらず、涙はこぼれていたけれど。少しいびつな笑顔でそれでも、笑った。
「……ごめん、変なこと言った」
「……変なことじゃないですよ。嬉しかったんです」
ブレンダは小さく微笑む。
「それに、なぜだか、私――」
まっすぐにボクの瞳を見つめる空色の瞳は、いつもの光を取り戻していた。
「ジルバルト様の、『大丈夫』なら、信じられる気がするんです」
「! ……そっか」
いつかも聞いたようなセリフに、ボク微笑む。
「なら、何度でも言ってあげる。ブレンダは、大丈夫だよ」
「……はい」
彼女が頷く。
「ありがとうございます。……先輩」
「いつでもボクを頼ってよ、……後輩」
そのやりとりが、どうにもくすぐったくて、二人で少し笑った。
よかった。ブレンダも少しは元気が出たみたいだ。……空元気かもしれないけれど。
「女子寮まで送ってく」
「ありがとうございます。……?」
しゃがんだボクに不思議そうな顔をした彼女にほら、と背中を差し出した。
「のって。そんな足じゃ危なくて、歩かせられない」
「! そうでした、私……」
ブレンダは靴を履いていなかった。
「……でも」
申し訳なさそうな顔をした彼女に笑って見せる。
「なんのために、普段鍛えてると思ってるの。こういうときくらい、先輩にかっこつけさせてよ」
……先輩。便利な言葉だ。
彼女に実は、ボクも恋心をいだいている、なんて、口が裂けても言えるはずもなく、耳障りがいい言葉でごまかす。
「ありがとうございます、先輩」
「うん」
そっと、ブレンダがボクの背につかまった。
……ゆっくりと、歩き出す。
泣きつかれて眠ったのか、背中のぬくもりが重くなるのを感じながら、ボクは夏の終わりの空気を吸い込んだ。
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